第10話

「なに黄昏てるんだい?」

 思わず肩をビクッとさせて、横を振り向くと、いつの間にか桜色の髪の美少女が横に腰かけていた。

真桜まうこそなんでこんなとこ来たの?」

「買い物行ってたんだけど、帰りにちょうど駅で見かけて、つけてきたんだよ」

 はあと頭を抱える。ということはさっきまでの悩んでる姿を見られていたということだ。正直言って、恥ずかしい。

「それにしたって、健全な男子高校生がこんなところにいるなんて、なんか悩みがあるなら聞くよ?」

 無邪気そうな顔で、真桜まうは俺の目を覗いてくる。

 何か適当な返しをしようとして、ふと思い至ったことがあった。

「ありがとう。でも聞くべき相手は別にいるみたいだから、大丈夫」

 ふーん、と若干、嫉妬が混じったような返しを真桜まうはしてきた。

 うーんっと手をあげて背を伸ばす。日ももう沈みかかっていて、階段を降りようと目線を下ろして初めて気がついた。

「あれ、ここ結構、傾斜急で高いのに、よく上れたな」

 えっ、と言って、下を向くなり、勢いよく俺に真桜まうはしがみついてきた。

「上ってるときは気づかなかったのに、なんで今そんなこと言うかなー」

「おい、翼、翼が出てるぞ、真桜まう

 びっくりしすぎたのか、外では変化へんげして隠している真っ白の翼が背に現れていた。

 やばっと言うなり、翼は消えたが、真桜まうが俺から手を離してくれることはない。

「なーんで、翼があるのに高所恐怖症なんだよ」

 俺がそう言うと、キッと真桜まうは俺を睨んでくる。

「鳥が空を飛べるようになるのはね、飛べないと死ぬって状況に陥ったこととがあるからなんだよ。翼がある生物はね、人間なんかよりもよっぽど高いところが危ないってわかってるのさ」

 結局、階段は俺が真桜まうを背負って降りた。

 そのまま、まっすぐ帰って、家に到着したころには、もう日は暮れていた。

 家の中は真っ暗だ。二人で電気をつけて回ってから、真桜に弁当箱を差し出す。

「ごちそう様。おいしかったよ」

「よかった。毎朝、作ってるかいがあるよ。夕食の仕上げするからさ、先、風呂入って来て」

 台所に向かう真桜まうの背中を見てから、2階に上がって、脱衣所で服を上から順に脱いで、浴室に入る。

 お湯はりのボタンを押してから、シャワーの蛇口をひねる。熱いお湯が体に気持ちよかった。

 身体を洗い終えたころには、もう十分なお湯が浴槽に溜まっていて、おそるおそる体を湯につける。

 全身が温まる快感にふーっと声を出してから、何となく今の生活が何だかずっと昔から続いているみたいだなんて思う。

 実際にはだいたい1週間前、初めて真桜と神社で出会って、次の日の昼ぐらいに病院から家に二人で帰ってきたというのに。

 神と一緒に生活してるなんて、参拝前の俺に言ったら信じないだろうし、ましてや、深玖とかに言っても頭を疑われるだけだろう。それなのに、なぜだか妙に今の俺にはしっくりくる。

 思い当たる理由としては、真桜まうがあまりにも人らしすぎるところだろうか。正直、神じゃなかったらただの同棲生活だ。

 風呂から出て、自分の部屋で家着に着替えてから階段を下りる。リビングに続く廊下を歩いていると、昨日まではなかった額縁が目に入った。

 その額縁には、墨で「真桜」と書かれた半紙が入っていた。それは、俺が真桜まうのために書いて、あげたものだった。

 あの後、病院から家までは特殊科の人が送ってくれたのだが、その際、いくつか追加で話されたことがある。その一つが名前についてだった。

 一般に、契約した神は何かを司る神らしい。でも、普通は、神はそれを教えることを拒むらしい。事実、真桜まうも教えてはくれなかった。特殊科としては出来れば契約した神から聞き出してほしいのだそうだが、義務ではないので、無理なら構わないそうだ。

 それとは違い、神の、日本国民としての名前は、早急に決めて教えろと言われた。どうやら、神との契約の内容として、神を普通の日本国民として扱うというのが、入っているようなのだ。あと、神の生活費については、それも国から保障されるらしい。

 そういうわけで、病院から家に帰るなり、翼の生えた人と名前について話し合ったのだった。

 最初、翼が生えてて、天使っぽいから、「天使な」って俺が言うと、

「僕は『天使の神』じゃないからちょっと微妙かな。それに、直球すぎ」

 と言われ、いろいろ考えあぐねた結果、俺が提案した真桜という名前になった。自分の髪の色に一番近い桜の文字が入ってるというのが、選んだ理由だそうだ。

 名前が決まってやれやれと思っていたときに、命名書を書いてくれと真桜まうが頼んできた。何それと聞くと、何でも赤ちゃんが産まれるときに名前を紙に書くらしい。

「せっかく、入丙いるへいが決めてくれたんだから、書いてよ。書道やってるんだよね、確か」

 特に書かない理由もないので、書く用意をして、半紙に書き上げてあげると、目を輝かせて嬉しそうに上に掲げていたのをよく覚えている。

「ご飯できたよー」

 リビングのドアから、真桜まうが頭を出していた。「今行くー」と言ってから、部屋に入って、テーブルに座った。

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