第4話

 階段は、木々の間を縫うように山の上へと続いている。ゆっくりと登っていきながら、とりとめもなく、両親が死んでから、9年、あっという間だったなと思った。

 さっき彼女にああは言ったが、両親が死んで数年は、俺だって神と契約して、邪神を殺して回りたいと神を憎んでいた。でも、憎んで憎んで憎み続けて、憎み疲れた時、いったい自分は何をやっているんだろうと思い直した。そんなことをしても死んだ両親は帰ってこないし、両親もそんなことを望んではいないはずだ。

 それからは、普通の学生として生きて、今のありきたりだけれど大切な生活を送っている。だから、今日の参拝のことを、これといって特段何とも思っていなかった。ただ、改めて、昔のすさんでいたころの自分と今の自分を比べて、変わったなと不思議な感慨を抱くくらいだった。

 つらつらとそんなことを考えていると、いつの間にか目の前に赤い鳥居が見えた。思わずくぐりそうになるのをこらえて、一礼してから鳥居の下を通る。

 境内には、人の姿はなく、うっすらと霧が立ち込めていた。奥に本殿、向かって右に手を清めるところ、そして、境内の真ん中、ちょうど正面には、儀式のための青い炎が天に向かって燃え盛っていた。

 説明されていたように、まず、右手にある、神社でよく見かける水の溜められているところまでゆっくりと歩いて行って、柄杓で水を掬って両手と口を清める。次に、炎の台のすぐ前に置かれている手桶を持って、柄杓で中の水を、炎を大きな正方形で囲むように撒いた。

 最後に、炎の正面に立って、下で名前を書き入れた紙を炎の中に投げ込み、小瓶の蓋を開けて、中に入っている俺の血液を炎に注いだ。

 すると炎が大きく燃え上がり、白い煙が、天に向かって立ち上っていく。その煙が、消えるまで待って特に何も起こらなければ、参拝はおおむね終わりだそうだ。

 白い煙はなかなか消えずに、天に向かってどんどんと細くなりながら昇っていった。やがてその先が見えなくなったところで、白い煙は突然消えてなくなった。

 あのときみたいに、天から光の柱が降ってくることもなく、思わずホッと息を吐いて、肩を下げた。

 終わってしまえばなんてこともなかった。さあ、帰ろうと半分くらい振り返ったところで、プニっと頬に何かが当たる。

「やあ」

 俺の頬に人差し指を付けながら、一言だけ、は俺にそう呼びかけた。

 思わず後ろに飛び退る。心臓のバクバクという音が急に耳についた。

 俺の前に立つそいつの見た目は、一つだけを除いて、普通の人とほとんど変わらなかった。

 真っ白いシャツ、真っ白なズボン、真っ白の靴、色白な肌と、淡い紅の髪。少し幼さの残る、美少女と言うにふさわしい端正な顔立ちで、背は俺より少し低かった。

 ただ一つ、だけ違うのは、その背中に、大きな純白のが、生えていることだ。

 血液が熱く波打って逆流する。そのくせ身体は妙に冷たくて、うまく力が入らない。

「じょう、だん、だろ……」

 そう言うのがせいいっぱいだった。

 息が苦しくなり、目の前が暗くなって、前によろける。平衡感覚を失った体がそのまま、石畳の地面に近づいていくのを、途切れそうな意識の中、感じた。

 地面に体がぶつかる直前に、温かい何かが体を支えてくれる。その直後、俺の意識は、真っ黒に、塗りつぶされた。

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