第6話


 試用期間の最終日が来た。


 今日一日、何事もなければ魔王はアットホームマートの従業員となる。


 本人もそれは自覚している様で、いつも以上に意欲的に仕事をしていた。


 しかし、よりによって最終日は最悪の繁忙日だった。


 今宵は新月。

 新月の夜は魔族の力が最も弱まる夜。

 それを狙った冒険者達は、ダンジョンへ宝探しに向かうのだ。


 更に毎月15日はポーション20%OFFの日であり、それが重なってしまった本日はとても忙しかった。


 レジは二つ。

 一つはレンジ。もう一つは魔王。それぞれ10組ぐらいの待機列が出来ている。

 ランカはみるみると減っていく商品補充にてんてこ舞いだ。


 レンジとランカには稀にある事だったが、魔王にとっては初めての修羅場。


 最初は丁寧に接客していたが、どんどんと増えていく待機列に魔王も少しずつ焦りだした。



「ろ、ロープぅ、温めますかぁ~(ニダぁ?)」


「はぁ? ロープを温めるわけないじゃん。早く会計して!!」


「は、はいぃ~(ニダぁ?)」


 『ニタぁ~!』が『ニダぁ?』になっている。


 レンジとランカは魔王の小さな変化を感じ取っていた。

 しかし自分たちも手一杯で、フォローに行くことが出来ない。


 魔王は焦り、ミスを連発し、その分レジが遅れた。魔王のレジ列に並ぶ人間が、あからさまに文句を言い出す。


「……こっち遅くね?」

「あっちのレジより長く待っているんですけど!」

「早くしてよ!!」


 その冷ややかな声に魔王の動きはより一層固くなり、レジがままならなくなっていた。

 更にブーイングは大きくなる。

 

 見兼ねたランカがレンジに「オウマさんと代わるわ」と告げ、パニック状態の魔王をバックヤードへ下がらせた。


 そこから、レンジとランカは長年の経験と能力をフル回転し、長蛇の列のお客様をテキパキと捌いていった。



 ◆



 ――1時間後。

 だいぶ、お客様の波も落ち着いてきた。


 今なら少し抜けても大丈夫そうだと判断したレンジは「オウマさんを見てくる」とランカに伝え、差し入れのミルクを持って、バックヤードへと入った。


 事務所にヘコむ魔王が居ると思えば……見当たらない。


「……オウマさん?」


 トイレを叩いてみる。思い切って扉を開くが居ない。更衣室も居ない。


「オウマさん?!」


 倉庫ストックの扉を開くと、涼しい外気がレンジを襲った。倉庫には搬入口がある。

 常に鍵が掛けられていて、店内からしか開閉が出来ない様になっている。

 その搬入口の扉が開いている、という事は……。



「…………そうか」



 大きくため息をつくと、駄目だったのか、と一人で呟いた。


 よくある事だ。

 従業員が少し挫けた事で、居なくなるなんて。


 レンジはその度に自分の指導が至らなかったのか、店の経営方法が悪かったのかと、何度も改善したが、こちらがどんなに根絶丁寧に教えてもフォローしても辞める者は辞める。


 開業して数年が経ち、何人もの従業員を不義理な形で失っているレンジは、こういった事態に心も慣れてしまっていた。


 だから、魔王も一緒なんだ……と思いたい。


 思いたかったが、魔王は逃げていった従業員とは違う何かを持っていた。



 その何かが、レンジの心を締め付ける……。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る