第31話 エピローグだけど

―――――餓鬼と対峙してから二日後、僕はいつも通り学校にきて、いつも通りの生活をしていた。

今の時間は昼休み。

一人、屋上に出て空を眺めていた。

昼食を取り、ゆったりとした時間を味わっていた。

この時間が一番、好きなんだけど午後から授業があると思うと憂鬱な気分になる。

「相棒」

「なんだい、天野?」

「お前はあのお嬢ちゃんと話さなくてよかったのか?」

「いいんだよ。宮前此方のことは。もう僕がすることもないし、後は彼女の問題だからね」

「お前も案外冷たいんだな」

キヒヒヒヒと天野は笑った。

「別に冷たくは無いさ。ただ正直に動いているだけだよ」

「そうかい」

天野はそうつぶやくと黙った。

基本、僕は正直だし、自分の欲に関しては時と場合もあるけれど正直なんだ。

まぁ、今回の件は僕にとってはいい経験にもなった。

それに宮前とも今後一切、関わることは無いだろう。

彼女はクラスメイトでただの他人になる。

そんなものだろう。

僕はそう考えて自分の考えに区切りをつけ空を仰ぐ。

そろそろ五月になって少し、暖かくならないかと考えていると、キィィィィとドアの開く音がした。

今、屋上には僕一人だ。

たまに見知らぬ生徒がやってくるくらいで人が来ること事態珍しい。

けれど僕は気にせず空を眺めていた。

「こんなところにいた」

屋上に来た人物が声を発し、誰かを捜していたような口ぶり。

パカパカと上履きの音がし、僕に近づいてくるのがわかる。

いや屋上には僕しかいないし、それにこの声の人物を僕は知っている。

「アンタ、探し回ったのよ。いろんな人に聞いたんだから」

「宮前……」

「何、辛気くさい顔してるの?」

彼女はいつも見せている普段の表情だった。

「そんな顔してるかな?」

僕はおどけて言ってみた。

「さぁ、どうかしらね?」

これまた宮前もおどけて言った。

「調子よさそうだな、宮前」

「……ええ、そうね。っていうか、アンタ、私のこと避けすぎじゃない」

「そう?」

「だって昨日、お礼、言い忘れたから言おうと思ったのにすぐにいなくなるし。こっちが目線を合わせてもすぐに目をそらすし。アンタ、私が嫌いなの?」

「いや、別にそういうわけじゃないよ。ただあの時の話のことで僕はどうしたらいのかわかんなくてさ」

「何言ってるのよ。アンタが気にする必要ないのに」

そういって宮前は笑う。

「そうだね……」

「そういえばアンタ…」

宮前が何かを言おうとした瞬間、天野が反応した。

「本当は最初から全部わかっていたんでしょ?」

宮前の口ぶりは犯人を追い詰める探偵のように見える。

「どういうことかな?」

「アンタは基本、正直な人間。まぁ、それは普段の行動からわかるし、話を聞いていて納得できる。それにアンタは天邪鬼、そこにいる影のようなものに取り憑かれたのよね。天邪鬼は嘘つきでもあれば他人の思考を読む。そこで考えてみた。アンタは取り憑かれてその身に天邪鬼を宿している。確かにアンタだけじゃなく今、人魚になった私にも見える。確かにそうかもしれない。でも宿しているという言葉自体が間違っていたんだわ」

宮前は顎に手を当て考える仕草をする。

「アンタ自体も天邪鬼だったんでしょう? 確かにのっとられた。でもアンタと天野は意識を共有しているといってもいい。だから天野が見た光景はアンタも見れるし、あんたが見た光景も天野につたわる。だから天野が私の心、記憶を読んだときアンタはそれが見えていた。違う?」

僕は独り言のように喋る宮前を見つめ、ただ彼女の話を聞いていた。

「それに船穂、あの嫌みな人が私に話しを促したとき、アンタは止めに入った。それが理由だったんでしょう? 最初から知らないフリをして実は何か考えていたんでしょう?どう私の考えは間違ってる?」

宮前は自信満々に言った。

「やるな、お嬢ちゃん」

天野はさぞかし嬉しそうにつぶやいた。

「確かにその通りかもね。僕は天邪鬼かもしれない」

僕は思わず笑った。

「何がおかしいの?」

「い、いやゴメン……。別に騙す気はなかったし、君のプライバシーに関することだから頭でわかっていても一応、無いことにしておいたんだ」

「騙す気はなかったっていう癖に自分が狼男だってこと言わなかったわね。聞いたわよ、彼女から。アンタも私と同じ先祖がえりなんでしょう?」

彼女というのは多分、船穂だろう。

余計なことを喋る人だなと思う。

「まぁ、確にね。でも本当に騙す気はなかったし、君を助けようと思っていて、頭がパニックには、なってたよ。だから喋らなかったんだ」

宮前は僕を疑うような顔をした。

「本当に?」

「ほ、本当だよ。言ってるだろう。僕は基本、正直なんだって!」

「その言い方、胡散臭い」

胡散くさいといわれたのは初めてだった。

隣で光景を見ていた天野が腹を抱えて笑っていた。

「天野、笑うなよ!」

「あっ、本当だ。アタシでも何してるかわかる」

宮前も笑った。僕は肩を少し落とすだけしかできなかった。

しかし、その僕に対する疑問が解けたのはいいが彼女が何しに来たのかを聞かなければ意味がない。

「ところで宮前、何でわざわざ、僕を捜してまで来たんだ?」

「そ、それはアンタも天野のを通して、わ、わかるんでしょ!」

宮前は顔を赤くしテンパっているのか二回噛んだ。

「いや、だから僕は意識しないようにしてるからわからないんだって」

 実際、天野が天邪鬼の力を使って見たものを見ようとしても意識しなければ見れない部分もある。特に記憶や感情などは。

ただ宮前の場合、一番、負の感情に近い記憶だから天野には簡単に見えただけなのだが。

「そ、そうなの…」

宮前は安心したように息を吐く。

「だ、だからこの前のお礼、言ってないから…。お礼しに来たのよ!」

「あ、あぁ」

彼女はなぜか怒鳴った。

僕はその剣幕に圧倒され、しどろもどろに返事をする。

「でも、宮前、あれは僕が勝手にやったことだから気にしなくていいよ。それにお礼をするほどのことはしていないしね」

「そ、それじゃあアタシの気が、納得しないの」

宮前は引き下がることなく、食い下がる。

「わっ、わかったよ。でも本当にお礼はいいから。君の気持ちもわかったし、これ以上、そういうのは無しでいいかな」

「…………」

宮前は納得しない表情で僕を睨む。

うーん、気まずい。

「相棒。オマエは可哀想な奴だよ」

そういって天野は笑う。

オマエ、一般人に見えないからってちょっといい気になるなよ。

僕はそんなことを思いつつ、天野を一瞥した。

「それにお互い、クラスメイトなんだし。これからも何かあったら助け合おうよ。まぁ、関わる頻度も少ないかもしれないけどね」

僕は少し、はにかみながら言った。

これは本音で彼女は周りから好かれる人気者。

僕はクラスの影で一人でいる存在。

太陽と月のように。

陽と陰のような存在。

多分交わらない存在だなと思った。

だから彼女とこれ以上の馴れ合いもないし、キャッキャッウフフはないのだろう。

そう考えて発言した。

宮前は驚いた表情をすると一度顔を下に向けた。

それから急に顔を上げるといった。

「携帯だして!」

宮前は右手を出し、僕に携帯電話を要求した。

まるで犬のお手みたいだなとおもいつつ、疑問を聞いた。

「なんで?」

「いいから! 携帯出して!」

僕は恐る恐る携帯を出すと彼女に差し出した。

すると僕の手から携帯をひったくると宮前は自分の携帯を取りだし、なにやらやり始めた。

僕の携帯と彼女の携帯を向かい合わせ、何かをしていた。

数秒後、終わったのか彼女は僕に画面が見えるように僕自身の携帯を渡してきた。

僕は受け取り、画面をみた。

「私のSNSチャットにアンタを登録したから。くれぐれも悪用なんてしないでよ」

僕は思わず、宮前の顔をまじまじと見てしまった。

「な、何…?」

このとき僕は初めて高校生になってから家族以外で携帯に登録を入れることになった。

しかも女の子。

「ア、アンタ、友達いないんでしょ? だからアタシが…」

「ちょっと待って」

僕は宮前の言葉をさえぎった。

これは誰にでも言えるし、たとえどんな相手がひねくれていようと素直であろうと関係ない。宮前此方がいおうとしていることはもう簡単に読める。それにこの言葉はひねくれ者で正直な僕には言い方に気をつけないといけない。

僕はそう思って口を開いた。

「宮前此方さん。僕と友達になってください」

宮前は口を開いたまま、僕を見つめた。

それからくすくすと微笑むと彼女は言った。

「このひねくれ者」

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