第18話 トーク
午後九時四十分。
僕が憶えている限りでの時刻で、船穂に餓鬼憑きの男を誘い出す方法を考案してもらい、繁華街から離れた別の場所に僕と宮前(天野も)はいた。
葉恋橋と呼ばれる車が並んで二台通れる幅の橋。
橋の下には大量の黒い絵の具を水に溶かしたかのように川が黒く、闇に染まっていた。
両岸には土手になっていて川の近くは雑草が生えていて、冬の寒さが残る風に吹かれ、ゆれていた。
「本当にこんな所であの男が出てくるのかしら」
隣の宮前は遠くを見ながら言った。
「さぁ、僕にもはっきりとしたことはいえないよ」
「何それ。まぁ、気長に待つとするわよ」
興味なさそうに言うと彼女はまた遠くのほうへと顔を向けた。
僕も彼女と同じ方向を向いた。
視線の先には葉恋橋よりも大きい橋が、何百メートル先にあり、走る車のヘッドライトが閃光のように次々と流れていく。
右を見ると街自体が発行しているかのように白い光が点々とし眩しいくらいに光り輝く。その反対側は対象的に暗く寂れた街の静けさを物語っている。
僕は視線をはずし、あたりを見回す。
この時間帯になると葉恋橋を利用する人は減り、人影が見えない。
あるのは世界を包む闇にひとつだけ照らされた街灯のあかりだけ。
雑草を揺れる音、遠くで車が走行している音が耳に入る。
僕はふと夜空を仰ぐ。
空は曇り、星が一切見えず、薄い雲が月を覆っているがそれを通して黄色く輝いているのがわかる。
「ねぇ」
「何かな?」
「アンタ、何で天邪鬼になんて出会ったの?」
宮前は風で揺れる髪をうざったそうに横にはらう。
僕は吹きだしてしまった。
「このお嬢ちゃん、いきなりだな」
隣で暇そうにしていた天野は面白そうに言った。
「なんでそんなこと、聞こうと思ったんだ?」
「いや、なんとなくだけどさ。ほら、アンタってなんだかクラスにいると目立たない存在じゃない」
「はっきり言ってくれるな……。でもそれが何の関係がある?」
「いいじゃない、本当のことなんだし。でもアンタがこんな現実的じゃないっていうか、よくわからないものに巻き込まれてるなんて思いもしなかったから」
「どうせ僕はクラスでは影が薄い存在ですよ」
宮前は微笑を浮かべた。
「なんというか今まで相談してきた人は確かにクラスで目立たないようにしていたり、見た目は派手にしてるけど中身が以外に普通なんだなって思える人ばかりだった。確かに危険な内容の相談ごともあったけどね。でもそういう人たちとは違う感じがするのよね。今まで相談してきた人は隠したいから隠したって確信犯みたいな感じ。でもアンタはなんというか隠してるつもりは無いけど隠してることになっちゃう人に見えたのよね」
「よくわからないよ」
「アタシにも上手く説明できない。だってアタシとアンタは今日、関わったばかりだし」
宮前は口をアヒルみたいに尖らせ、興味なさそうに言った。
「でもそういってくれるってことは少しは信用してくれてるって思っていいのかな?」
「…………そうね、いいんじゃないかしら」
宮前は風に揺れる髪を耳にかけた。
「なんだか変な人たちに会ったせいか、別に気にならなくなったわ」
彼女はおどけたように言うと肩をすくめた。
僕はそれにつられて思わず笑ってしまった。
しかし、僕は宮前と話しているが女のこと話すのは高校に入って三回めだと僕は思った。
かなりの人見知りをするため、上手くクラスメイトと話せないからだ。
特に年頃の女の子と話そうとすると緊張してしまって挙動不審になるから救いようが無い。
でもこのときはなんだか普通に喋ることができていたのは驚きだった。
だからなんとなく僕は口を開いたのかもしれない。
「深い話ではないよ」
「えっ?」
「深い話なんてない。…………。ただ天野、天邪鬼に出会っただけ。順序が逆なんだ」
「順序?」
「そう、順序。普通なら人は理由があって初めて何かに関わるだろ。でも僕の場合、はっきりとした理由なんてないんだ。ただあの時、道に迷っていたらたまたま天野に出会ってそれからこんな調子なんだ」
そう今もだ。
「道にねぇ?」
宮前はよくわからないという表情をした。納得したのか納得していないのかわからない。
「あのとき、僕は迷っていたんだ。いろいろとね。それは宮前さん、君や他の誰かに話すほどのものでもなければ、話たくない内容なんだ。それを言ってしまうと思春期の悩みを暴露することになるからね」
僕がそういうと宮前は微笑んだ。
ムスッとしたさっきの無愛想な表所ではなく、年頃の表情といったところか。
僕はこのとき少し、ドキドキしていた。
いや、変な下心とか無いんだけどね。ただちゃんと同い年の女性と話すのは初めてだから変に緊張してしまったんだ。
同い年の異性への免疫ゼロの僕は思わず、彼女の目から自分の目線をずらした。
その行為に宮前は首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや、なんともない」
「青春だねぇ」
隣で天野が茶々を入れてきたが横目で睨んだだけ。
「み、宮前は何で探偵……。相談事を受けてトラブルを解決しようとしているんだ?」
「アタシ……?」
「そうだよ。何で宮前は何で誰もしていないことをしているのか気になってさ。今日、初めて関わったばかりだけど少しは君のことを知ろうと思って。こんな今日、関わったばかりの男に話たく無ければ何も答えなくていいよ」
僕は短く息を吐いていった。
「…………」
「…………」
「何でかね…? 自分でもわからないや……。そんなこと考えたこと無かった」
宮前はしみじみと言った。
彼女は複雑というかなんともいえない顔をした。
その表情は影を抱いている者の表情だとわかったけれど触れないように気に留めなかった。
「それにしてもアンタ、面白いこと言うわね」
「どうかな? クラスのみんなは暗い奴と認識してそうだし」
「それは見た目の問題。関わってみたら以外と仲良くできるかもよ?」
宮前は両手を交互に組んで背伸びした。
そうなんだろうか?
僕は中学のころから友達と呼べる存在がいなかったから人との関わり方、ソーシャルスキルを皆無と言っていいほど持っていなかった。
だから人と関わるのが苦手だし、クラスメイトとも上手くコミュニケーションをとれていなかった。今でもその片鱗はあるが。
「悩まなきゃいけないところなのかな?」
「え……、何か言った?」
「いや、なんにも言ってない」
僕はこのときはその人とのかかわりについて悩んでいなかったが後々、悩むことになるのは後の話。
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