第3話 宮前此方
いない…………。
もしかしてもう先に行ってしまったのか?
宮前が歩いていた方向とは別の方向、つまりは僕の後ろを振り返る。
しかし、宮前の姿はない。
そんなはずはない、ここまでには二分は程かかるはずだ。
何で?
「こりゃぁ、失敗したなぁ」
天野はふざけるように言った。
「うるさい、少し黙っててくれ」
「一体、誰に話かけてるのかしら?」
「だから、黙って――」
天野の声ではない別の声に振り向く。
振り向くとそこには宮前此方が腰に手を当て疑いを隠し切れないという表情で僕を見ていた。彼女の目は怒りではなく、不快感を表すような目。
「あっ……」
僕は一瞬、言葉がでなくなり、黙ってしまった。
宮前はその隙を見逃さず、僕の襟を掴むと近くの壁に叩きつけるように押してきた。
ドスッとこもるような、あたりには聞こえないくらいの低い音が聞こえた。
「痛っ!」
「私に何か用? せっかく今回の件のターゲットを追いかけてたのにアンタのせいで見失っちゃったじゃない」
宮前は不機嫌に眉間に皴を寄せ、ぶっきらぼうに言った。
関わるのが初めてだというのにアンタ呼ばわりとは、すごい奴だな。
そうだった彼女に癖があったことを忘れていた。
僕には友達と呼べるものがいないが教室でじっと席に座っていれば嫌でも、耳に入ってくるし、嫌でも憶えてしまう。
彼女の噂。
彼女は探偵の物まねをしていると。
宮前此方は自分から自発的に何かに首を突っ込むことはないらしいが、相談を受ければその事件、厄介ごとを解決しようと行動をし始める。
たとえば、恋人に振られた男がその振った相手をしつこく付きまとうのを止めさせたり、紛失物を捜したり、雑務を手伝ったりと多岐にわたる。
そのせいか、彼女を憎む者、感謝し慕うものがいると。
彼女には事件、なぞを解こうとする癖があると。
このときは本当のことだとは思わなかった。
まさか、本当に彼女は探偵まがいのことをしているとは……。
「なにを考えているのかしら―――?」そういって宮前は僕の名前を呼んだ。
名前を知られている。
「なんでそんな驚いた顔をしてるのよ。何、係わり合いのない私がアンタの名前を知ってて驚いた? 普通、クラスメイトの名前を覚えているのが当たり前でしょ」
宮前はあきれるような顔をして、ため息をつく。
「それに何か事件があったとき名前を把握しておかないと厄介だしね」
「この女、馬鹿だな」
天野はやれやれといった風に言った。
「確かに敵を知るには敵の素性、つまりは情報が命ってことだな。戦争の基本だが、このお嬢ちゃんは馬鹿だ」
「そうだね、馬鹿だね」
僕は小声で言った。
「今、馬鹿っていったわね!」
「言ってない、言ってないよ!」
宮前此方は少し怒ったように言った。
「で、何で、アンタ、私の後を追いかけていたの?」
「それはなんでかな~」
「ふざけんじゃないわよ。何か、事情があって私を追いかけてきたんでしょう?」
「いや、それはなんででしょうね」
「何なの、アンタ? さっきからうだうだとして気持ち悪いわよ?」
彼女が僕を掴む腕に力が入る。
いや、この状況で変なことは言えない。
「本当のこと言ったほうがいいんじゃないか?」
「だから天野は黙っててくれよ!」
思わず天野に返答してしまう。
「……?」
みえない宮前にとっては何だ、コイツという顔をする。
「ねぇ、アンタ、一体、何なの? ずっと黙止するつもり?」
宮前は拳を握り、壁に押し付けている僕を殴ろうとする。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ! 痛いの反対、暴力も反対」
僕がそう口にし、彼女が構えていたとき、それは姿を現した。
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