第76話

 サーシャパパがいびきをかいて寝てる。

 ……寝るのはやすぎね?


「セレナ、一服盛った?」


「酒にちょろっとね。その辺うろちょろされて怪我でもされたら困るじゃん」


 よく見ると騎士団の連中も眠りこけてる。


「当然盛ったよ」


 セレナが親指を立てたので俺も親指を上げて返す。

 ナイスアシスト。

 素人に現場かき回されると困るのよ。

 ハシゴの強度が信用できなかったのでロープで下に降りる。

 床は水浸しだった。


「お兄ちゃん、やっぱり地下水が流れ込んでるみたい」


 ……うん?


「セレナなんでいるん? 今回バックアップって言ったじゃん」


「飽きた」


 そうか飽きたんか。

 地上ドローンを下ろして起動。

 ライトで周囲を照らしてくれる。

 そのまま進むと部屋がいくつもあった。


「管理用の倉庫かな」


 ドアノブが朽ちてたので地下水で満たされてないかを確認。

 さすがにドア開けたら水がドバーってのは避けたい。


「ふんッ!」


 地下水の量がたいしたことがなかったのでドアに手刀を差し込む。

 そのままドアごと引っこ抜く。

 水は流れてこなかった。

 だが予想外だった。

 部屋の床が抜けて池みたいになってた。


「あらま。資料も入手できないかなあ」


 俺はしゃがみ込んで水を見る。

 スイーッと幼児くらいの大きさのなにかが泳いできた。


「魚かな?」


「キシャー!!!」


 即オチ二コマ。

 来たのはエビみたいな巨大な生き物。

 だが目が退化してるのか、俺たちではなく明後日の方向を向いていた。

 そのままちゃぽんっと水の中に消えていく。

 俺とセレナは無言で水から離れた。

 で、通路で端末から通信。


「志乃ちゃん! 志乃ちゃん! 画像送ったけどあれなによ!?」


 焦ったセレナが叫んだ。

 その気持ち……すごくわかるよ。

 足が多い生き物ってほんと無理だよね。


「うーん……アルテミアの仲間かな?」


「それってブラインシュリンプ?」


 熱帯魚の餌である。

 乾燥した卵の状態から24時間で孵化する便利な活餌である。

 飼育が簡単なので子ども向けの学習教材としてもよく使われる。

 小さいころ施設の職員に買ってくれって言ったが拒否されたことはいまでも忘れない。


「ええ、淡水なのでホウネンエビの仲間かなと」


「ホウネンエビってキシャーって鳴くの?」


「大きいので」


「なんか肉食っぽかったけど」


「実に興味深いですね。ぜひ捕まえてください。解剖しますんで」


 サブミッション発生。

 セレナと露骨に嫌な顔をしてるとトントンと背中を叩かれる。

 振り向くとドローンが網を渡してくる。


「えー……やるの?」


 テンションだだ下がりで部屋に行く。

 ドローンが運んできたクーラーボックスにひしゃくで水を入れ、投網を打つ。

 引っ張るとバシャバシャ音がする。

 数匹のエビが網にかかっていた。

 めっちゃ暴れてる。

 熱帯魚の餌にはできないだろう。


「毒があると嫌なので収納はドローンにまかせますね」


 ドローンが乱暴に網ごとバシャーンとクーラーボックスに入れ運んでいく。

 今日のやる気は売り切れました。


「疲れた……精神的に」


「お兄ちゃん、同じくだよ……」


 今度は違う部屋。

 さっきはドアをやさしく壊したが、なんかムカついたので蹴り壊す。

 中は崩落した部屋だった。

 水たまりはない。

 中を見るがかつてメンテナンス用の照明や延長ケーブルだったものの残骸があるだけだった。


「うん? なんかおかしくね?」


 俺は考え込んだ。

 なんとなく違和感が。

 空港やショッピングセンターとの違いを考えればわかるような気がする。


「お兄ちゃん、おかしいってなにが?」


 喋りながら情報を整理するか。


「空港もショッピングセンターもメンテナンスロボットは生きてたよな? でもここの劣化は激しすぎないか? 出宇宙期の建築方法ならもうちょっと保つだろ」


 外宇宙探索船が開発されたころだ。

 劣化しないは無理だとしても原型がわからなくなるまで壊れるものなのだろうか?

 いくらなんでも自己再生素材くらいはあったはずだ。


「汚染物質のせいで劣化が早まったとか?」


「あとこっちの施設の方が先に問題が起きたとか。爆発とか自然災害とか」


「そういえばお兄ちゃん、モノレールの駅の地下部分に漏水なかったよね」


 嫌な予感がしたので端末から裁判官AIのかなたを呼び出す。


「マコト様なにかありましたか?」


「この施設、なにかがおかしい。出宇宙期の施設なのに漏水に弱すぎる」


「たしかに。当時の建築基準法から考えても弱すぎますね。コンピューターのログから製造年月日を取得してください」


「了解」


 まーた、コンピューターだ。


「お兄ちゃん、ここの壁壊して鉄筋引っこ抜いて」


「はいよー」


 抜き手を壁に打ち込む。

 そしたら壁の鉄筋をつかんで引っこ抜く。


「ありがとう。スキャンかけるわ。ついでに壁の中の通信ケーブルも引っこ抜いてくれる? だいたいこの辺」


「あいよー」


 セレナが指さした場所に抜き手。

 通信ケーブルを配管ごと引っこ抜く。


「くっころちゃんいればファイルダンプしなくてもよかったんだけどねえ」


 とぶつくさ言いながらセレナがケーブルを切って端末を繋げる。

 コンクリと鉄筋はドローンが運んでいった。


「ああん? 生きてる機器なし。しかたないんで防災システムに侵入。あーこっちも死んでるわ。監視カメラも消火システムもダメ。防火扉のログだけ落とせるみたい……うん、ダウンロード完了」


「どうよ?」


「ちょっと衝撃の事実がわかったわ……。かなた、応答して。この施設、学習用のキットで動いてたみたい」


「はい? なに言ってるのセレナ?」


 かなたが応答してくれた。

 なにがなんだかわからないといった様子である。


「私だってわかんないよ。ログから推測するとここの施設を管理してたコロニーは火災でコンピューターの維持ができなくなったみたい。それで子どもの学習用のマイコンをサーバー代わりにして施設を維持してたみたい。いま型番送るからそっちで調べて」


「型番送られても……って、それって可能なの? 学習用でしょ?」


「できなかったからこのザマ。処理能力が低かったせいじゃなくて人間の方の能力不足みたい。ミスで火災出して放棄したみたい」


「つまり毒だらけなのは?」


「ヒューマンミスによる汚染」


 要するに出宇宙時代から人類は同じ事を繰り返していると。


「でも罪には問えないよねえ。本人たちすでに死亡してるし、そもそもサバイバルの末の事故だし」


 俺は疑問に思ってたことを今、このタイミングで空気を読まずに質問した。


「もしかして鬼瓦権蔵って?」


 王家の先祖って……。


「少ないリソースなんとかやりくりしながら人類を維持した超絶有能人材。他のコロニーの惨状見れば評価を上げざるを得ねえわ」


「ですよねー」


 クラウザーくんのご先祖は超有能。

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