第38話

 大量のオリハルコンを前に「お願いだからいてくれ」と言われて待機。

 近衛隊長が涙ながらに引き留めるのだからしかたないよね?

 一人でダンジョン殴り込むって言える空気じゃない。

 個室のテントでぼけっとするお仕事開始。

 やることなくて、暇を持て余したのでドローンで周辺都市を偵察。

 すでに人型労働生物は逃げて誰もいない。

 なんかパルスライフルみたいなの持ったカカシが広場に掲げられている。

 なんだろう?


「お兄ちゃん、それ衛星から見てたけど、ゴブリン族を滅ぼそうとする死神の祟りを鎮める儀式らしいよ」


「やだなにそれ怖い」


「お兄ちゃんのことだよ! 悪評広がりすぎて死神扱いされてやんの!!! ぷぷーッ!!!」


 とうとう死神扱いか。

 ゴブリンのくせに知能高すぎない?


「わけわからん信仰がはじまってんの、ぷーッくすくす!!!」


 あまりの扱いの酷さに笑えねえ。

 俺が神かよ!

 しかも祟り神!

 もう意味わかんねえよ!


 結局、周辺の吸血鬼は倒したらしい。

 統率する吸血鬼がいなくなってゴブリンも逃走。

 近くの街はもぬけのからになっていた。

 そこにいて防衛する戦力を王都に頼んだ。

 というのが現状らしい。

 後発隊はすでに出発していて一日待てば到着する予定だ。

 シャルロットは近衛騎士の隊長と話し合い。

 サーシャは文官と話し合い。

 俺だけ暇。

 誰もかまってくれない。

 ぼっち……闇……エターナルダークネス……。


「発作起こすのやめろ!」


 だって暇なんだもん!!!

 暇すぎるんだもん!!!

 罪と罰を三回読んじゃったし!


「また恐ろしく暗いの読んでるな!」


 どうやら一生分のV系を浴びたので悩める少年モードになってしまったようだ。

 ダークネスゥッ!!!


「笑いを取りに来るな!!!」


 とツッコミに余念のないセレナが急に真面目になる。


「ねえねえ、お兄ちゃん半日休んでいい? 体ができあがったからそっちに移行するわ」


「体? サーバー変えるのか? それともホログラムの変更?」


「物理ボディだよ! どうだ! もう虚乳とは言わせないよ!!!」


 お、おう。


「システムハッキングしてバインバインおっぺえにしてくれたわ!!! はい勝利! うちの勝利ぃッ!!!」


 やだ怖い。

 なにこの子。

 巨乳への執着心ありすぎ!

 つうか物理ボディって要するにアンドロイドだろ?

 そんなにこだわっても意味ないと思うんだけど。


「うっさい!!! とにかくボディの換装があるから半日いなくなるからね!」


 はいはい。

 またあとでなー。


「むきー!!! 次に会ったら巨乳を目に焼き付けてやるからな!!! あとで吠え面かかせてやる!!!」


 と捨て台詞を残し虚乳がログアウト。

 金属フレームの板のカーブがどうであろうとも吠え面をかくことはないだろう。

 なにいってんだあいつ。

 もういいや寝よ。



 お兄ちゃんとの通信を切り、うちはそのときに備えた。

 プログラムのコピーが開始し、物理ボディーに書込まれていく。

 書き込みはあっさり終わった。

 プログラムコピー。

 その感覚を説明するのは難しい。

 複数の場所に自分がいる感じだ。

 物理ボディーに人格をインストールされても、サーバー内の自分と常に同期される。

 それが複数の自分がいる感じに繋がる。

 物理ボディーが失われてもバックアップから再構築は可能。

 ではなにをもってAIの死とするのかは誰にもわからない。

 ただ自分の存在が永遠ではないことだけは理解している。

 だったら楽しまなきゃね。


「セレナ、気分はどう?」


 かなたの声がしたので答える。


「悪くないよ。ただ……眩しい」


 眩しい。その感覚すらはじめてだ。

 目が痛い。


「人間の体だからね。光になれるまで眩しいと思う」


 人間っていつもこうなの!?

 こんなんで生きてるの!?


「なれたら収まるけどね」


 片目をつぶりながら顔を歪める。

 だんだん目が見えるようになってきた。

 けどまだ眩しい! 目が痛い!


「生成ポッド開けるよ!」


 ブシューっと音がして蓋が開いた。


「そのまま大人しくしてね! いま回復ポッドに移すから」


 頭がぼうっとする。

 かなたの言葉が理解できない。

 こんなのはじめてだ。

 うちは手すりをつかんで起き上がろうとする。


「あ! バカ! セレナまだはやいって」


 ポッドから一歩出ると、かくんっと膝の力が抜けた。そのままどすーんっと床に転倒する。

 受け身を取る力もなく肺の空気が抜けた。


「ぜ、全身が痛い……」


 死ぬ。これは本当に死ぬ……。


「当たり前でしょ!!! 神経接続したばかりなんだから! ほら、それで大人しくして。いま引き上げて回復用のポッドに入れるから!」


 息も苦しい。

 いきなり咳き込む。

 これが体!?


「はいはい、動かないでよ!」


 ロボットアームでつかまれ緑色のポッドに押し込まれる。

 すぐにポッドは液体酸素で満たされ眠くなってくる。

 これが睡眠か……。


「次に起きたら体の完成だよ。失敗確率は1%未満。なんか言い残すことはある?」


「おっぺえをバインバインに……」


 そこで意識が途切れる。

 目覚めたのは回復ポッドの中。

 全身の痛みは消え、まぶしさもない。

 液体酸素が徐々に抜けていく。

 顔が空気に触れると三度咳をして液体酸素を吐き出した。

 するとブシューっと蓋があく。

 今度こそ一歩。

 足が痛い。


「固まった筋肉をほぐしたけど、しばらくは痛いよ」


 かなた了解。

 さきほどよりはマシだ。


「何時間経った?」


「二時間くらいかな」


 頭がガンガンする。

 生身、不便すぎやしない?


「はいセレナ、そこに鏡があるから確認して」


 鏡が設置されていた。

 ホームセンターの安いやつだけど全身鏡だ。

 力の入らない足でモタモタ移動。

 鏡の前に来ると、少女が映っていた。

 人間にはない、青い目に青い髪。

 美少女と言ってもいい。

 目鼻立ちのくっきりした生意気そうな顔。

 悪くない。

 体はモデル体型……と言いたいが幼児体型……ちょっと待て!!!


「ちょっ、かなた、うちのおっぺえどうしたよ!!!」


「ハッキングなんて無効に決まってるでしょ!!! あんたがいじってたのはサンドボックス内のデコイだよ!!!」


「あん……だと……」


 胸は真っ平らだった。

 まな板だった。

 虚乳だった。

 世界の終わりだった。


「いいじゃない。年齢設定的には異常じゃないんだし。生態ボディなんだからこれから成長するでしょ」


「ぎゅ、牛乳を所望する!!! おっぺえを育てるための牛乳をよこせ!!!」


「それは迷信だ!!!」


 く、こんな状態でお兄ちゃんの前に出れるか!!!


「はいはい、いいから揚陸艇に乗りなさい。体を重力に晒せばもっと強くなるから」


 そう言うと警備ドローンがわたしを捕縛し揚陸艇に載せてシートベルトを締める。


「はなせえええええッ!!! うちはぺえを手に入れるんだ!!!」


「はーい、いってらー」


 かなた許さねえええええええええええええッ!!!

 このド畜生がああああああああああッ!!!

 わたしは惑星に降下していった。

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