第12話

 マコト殿が席を外した。

 わたしとゴードンは震えながら焚火の前で考えていた。

 まずいことになってしまった……。

 わたし、シャルロットは息を呑んだ。

 ゴブリンに占領された街を単騎で奪還できる魔道士など聞いたことがない。

 物語にしてもできすぎている。

 我が街は男爵領なれど数千の常備軍がいた。

 それが壊滅するほどの力を持つ。

 それがゴブリンジェネラルが率いた軍なのだ。

 ゴブリンジェネラルはゴブリンの変異種だ。

 ゴブリンが限界まで増えたとき、やつらを統率する変異種が現われる。

 やつらは凶暴化し、あてもなく進軍。

 通り道のすべての生き物を殺しつし餌にする。

 人の街があれば襲撃して占拠。

 逃げ遅れた住民はすべてゴブリンの餌になる。

 殺戮に次ぐ殺戮。

 それは災害に分類されるほどの大事件。

 そして周囲の生き物を皆殺しにすると共食いを始める。

 そして数十頭まで数を減らしこの災害は収束する。

 人の身ではあらがうこともできない。本当の災害。

 それを本隊ではないとしても皆殺しにした。

 ヒト種には至難の業だ。

 伝説の古代龍が人間に化けた姿と言われたら信じてしまうだろう。

 それほどのことを成し遂げたのだ。


 たしかに都市を奪還してくれたことには素直に感謝すべきだ。

 だが……どれほどの報酬を払えばいいと言うのか?

 自分たちをいつでも殺せる存在が何を望むというのか?

 たとえ今すぐ王の首を取ってこいと要求されても何ら不当な申し出ではない。

 それほど価値のある武力だ。

 騎士の地位。そんなものいるはずがない。その気になれば王にだってなれる。

 領土。その気になれば力尽くで奪い取ればいい。

 金。滅亡しかけの男爵家に正当な報酬が支払えるわけがない。

 家宝。残念だが……そんなものない!

 女……あれほどの魔道士だ。よりどりみどりだろう。

 ……いや待てよ。

 マコト殿はエリクサーをわたしに使用した。

 エリクサーは王族がごく少量所持しているほどの貴重な霊薬。

 金を出せば買えるというものではない。

 それをわたしに使った。

 つまり……わたしが欲しいということか!?


「ゴードン……わかったぞ……マコト殿の目的は……わたしだ……」


 ゴードンは「はぁ? なに言ってんのおまえ!?」という顔をした。

 だがわたしには確信があった。


「古の騎士は愛のために戦におもむいたという……そう愛のために!!!」


「え……? あ、愛……あ、はい」


 なんだその態度は!

 金もない。地位もない。

 当主をはじめとした家族も生死不明。

 いるのはわたしだけ!

 つまり目的はわたしだ!!!

 どうだこの完璧な理論!

 ゴードンが額を押さえている。なんだ辛気くさい。

 そうか嫁か。嫁になるのか。

 家族の喪が明けるまでは待ってもらおう。うん。

 思えば結婚までの道は遙か遠くにあったように思う。

 社交界デビュー。

 気の弱そうな女子に失礼な態度を取った狼藉者をその場で叩きのめした。

 いいよる者がいなくなった。

 騎士学校入学。

 不正を働くもの、身分を振りかざすもの、不埒なまねをするもの……すべて叩きのめした。

 そうしたら見合いの打診すら断られるように。

 結婚がほぼ不可能になった。

 学校からも停学処分を受けたので実家に戻ったところこの事件が起きたのだ。


「ふふふ……王都からの救援ももうすぐ来るだろう。斥候の度肝を抜いてくれよう! 婿殿と!!!」


「あの……姫様、気が早いのでは……?」


「ああ、そうだな! 今夜にでも聞いてみる!!!」


 どうしたゴードン。

 もうだめだって顔をして。

 祝ってくれてもいいんだぞ!!!



「ねえねえ、お兄ちゃん。戦艦『ぱいせん』が刑務所だったって知ってる?」


「はっはっは。なに言ってやがんだ。俺の職場やぞ」


「うん、歴代最強って言われてる惑星日本出身の人鬼がいてさ。制御不能だから閉じ込めちゃえって作られたんだわ」


「へー、マジで。でも普通じゃん」


 人鬼。

 EDAJIMA因子を持つ遺伝子を掛け合わせた生物兵器だ。

 生身で大気圏突入する肉体を持ち、ありとあらゆる毒が効かず、素手で戦艦を破壊し、腰だめガトリングガンで惑星を制圧する。

 要するに普通の日本人だ。


「閉じ込めておくと脱走しちゃうから、自分は作業員だっていう記憶改変と洗脳をしてドローンでもできる簡単な作業を与えてたんだって」


「へえ、それは恐ろしいな」


「うん。統計的に反乱を起こしにくい食事を与えて、毎日無駄にサーバールームで長い距離を歩かせて、ある程度のランダム性のある仕事で最低限の刺激を与える。生殖適齢期が来たら適当なAIに体を与えて婚姻させて寿命が尽きるまで暴走しないように飼い殺しにする計画だったみたい」


 ほう、完全にホラーだな。人怖系の。


「おまえだよおまえ。おまえのことだよ!!! 全部お兄ちゃんの話!!!」


「えー……だから俺は普通の日本人であってだな」


「うきー!!! 洗脳が強固すぎるよ!!! どうやって解けばいいのー!!!」


「あのな。そんなのいたら殺処分されてるだろ」


「惑星さいたまの工兵学校を脱走した際に、首に巻いてた爆弾を起動し生物兵器と核ミサイルとナパームの爆撃をしたが無傷で生還と記録にあるけど」


「首の爆弾痛いよなー……」


 ドカーンってするの。

 アフロにならないか焦ったぜ。


「痛いですむんかい!!!」


「工兵学校の懲罰だから痛いだけだな」


 もー大げさな。

 そこら中で爆発してたけど、ありゃ惑星日本のバラエティの定番だ。

 ただのドッキリである。

 セレナだって正月特番くらい見たことあるだろ?

 お笑い芸人が体張るやつ。


「それとは火薬の量が違うってわかれよ。いいかげん現実見ろよ。な?」


「でもアレだろ。有史以前のテレビ番組ではスーツアクターのすぐ近くでガソリン爆発させたって歴史の教科書に……」


「ナパームとガソリン比べんな!!!」


 もう! 頑固なAIだな。


「二個師団壊滅って記録にあんだよ!!!」


「そりゃ軍事訓練やりゃ怪我人くらい出るだろ!!!」


「うがああああああああああッ!」


 このように、あまりにも暇すぎて噛み合わない話をしていたわけだ。


「あ、そうだ。お兄ちゃん。魔法の分析結果が出たよ」


「超能力だったか!?」


 超能力。

 惑星新越谷で見つかった現象である。

 惑星新越谷の特異な大気成分と宇宙線による遺伝子の変化により発現したとされている。

 とはいえその能力は手を触れずに物を動かすもの。

 最大出力も1馬力程度だ。

 発見当初こそ大騒ぎになったが「ドローンでよくね?」という結論になった。

 だが力が存在するのだから出力が大きいものがあっても不思議ではない。


「それがねえ。わかんなかったの。センサーには物理的な反応だけが検出。その物理反応がどこから来てるかまでは……なんだろ?」


「え……やだなにそれ怖い」


「今のところナノマシン説が有力かな。ナノマシンが本気で隠蔽したらいまあるセンサーじゃ検出できないし」


「ナノマシンが人類に反乱を起こしてるとか……?」


「まさかーお兄ちゃん!!! ……まさかぁ……怖いこというのやめて……」


「セレナ。ガチでトーンダウンするのやめてくれませんか」


「いやでもお兄ちゃん! 公式には一回あるんよ……ナノマシンの反乱。マザーAIのバグによる暴走で惑星が滅んだっていうのが……」


 やべえことに首突っ込んじまった。


「あ、ああ、お兄ちゃん。そろそろ人型労働生物狩りの時間だよ! ほら用意して!!!」


「ああ、ソウダナ!!!」


 あれ……もしかして敵対的な人型労働生物が野に放たれてるのも!!!


「はいお兄ちゃん!!! 労働!!!」


 やばいよやばいよ!!!

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