第5話

「セレナ、外傷回復ナノマシンを使う」


 俺はバイクのコンテナから医療物資を取り出す。

 ナノマシンスプレーボトル。通称リペアキット。

 体内のナノマシンで足りない外傷を治せるスプレーだ。

 手に平におさまるサイズでかければ、ナノマシンが組織を修復する。

 こういうときこそ電動にすりゃいいのに昔ながらの手動ポンプ式。

 皮膚再生もして傷跡も残らない。

 タンパク質を摂取すればちぎれた腕も回復可能。

 ただし即死は治せない。


「動かないでください。薬をかけます」


 俺はまず、ちぎれた腕にスプレーをかける。

 ナノマシンが消毒をしながら廃棄物を餌に自己増殖を開始。

 次に止血。排出した余分な血と死んだ細胞は自己増殖に使う。

 止血と同時に痛覚と脳の一部を遮断。

 ショック死を防ぐ。

 さらにショック死を防ぐために脳内麻薬が放出される。

 頭がぼうっとするが死ぬよりマシだ。


「今から槍を足から抜きます。痛みは遮断しましたが、抜くところを見ると頭が痛いと勘違いして苦しくなるかもしれません。なるべく見ないでください」


 そう言うと俺は女性の目を手の平で一瞬塞ぐ。

 一瞬の隙。その間に槍を一気に引き抜く。


「終わりました。薬をかけます」


 そしてスプレーをシュッ!

 樹脂が固まってすぐに止血される。

 なぜか女性は驚いた顔をしている。

 いや標準装備だっての。珍しくもない。

 ってよく見たらこのリペアキット、新製品の「薔薇の香り」だった!

 少し前の「レモンの香り」にしておけばよかったと反省。


「お兄ちゃん。たぶんちがうんじゃね?」


 だってなんで驚いてるのかわからんもん。

 そもそも惑星日本じゃ腕が取れたら気で治してたしなあ。

「はあああああああああッッッ!!!」って気合を入れると手足生えてくるじゃん。

 そしたらタンパク質適当に食って寝てれば治るわけよ。


「お前らだけだ! この変態惑星人!!!」


 あ! そういう惑星差別いけないんだぞ!

 まったく。


「……」


 急に黙るな。不安になるだろ。


「カレーでも食ってろ! さいたま星人!!!」


 ひどい罵倒である。

 日本人のソウルフード「おうちカレー」をバカにするなんて……。

 惑星日本どころか惑星さいたまでも大人気なんだぞ!!!(あとうどん)

 あ、そうそう忘れてた。タンパク質とらせなきゃ。

 まずは水のボトルを開けてから渡す。

 次に救急キットから出した栄養バーを出す。

 リペアキット使用時用栄養食。

 リペアキット使用時の各種栄養素をゴテ盛りしたメガカロリーのやつ。

 味は甘ったるくてえぐめの小児用風邪薬シロップにトロピカルフルーツ味を無理矢理つけたもの。

 後からやって来る栄養ドリンク風味はまさにディストピア味。

 この固まりを見るだけで口の中が苦くなる。


「ねえねえ、どうして惑星日本の日本人って異常に味にうるさいの? 日本人はお腹がすくと凶暴化するから注意って軍のマニュアルに……」


 おだまり!!!

 俺は女性に栄養バー(ディストピア味)を渡す。


「これを食べて。治りが早くなる」


 渡したディストピア味栄養バーを食べたので安心した。

 いまのところ体の修復は美味く機能しているようだ。

 問題は栄養バーの味くらいだろうか。

 ところが女性は涼しい顔。

 優雅に水を飲む。

 しゅげえ……。


「……いずこかの騎士かわからぬが……助命感謝する。これは……ポーションの効果か……?」


 息を切らせながら女性が言った。

 すごい根性。もしかして日本人だろうか?


「ポーションは存じかねますが……我が国の技術の粋を集めた品とだけ答えましょう」


 実際はありふれた医薬部外品なんだけどな。

 打ち身捻挫骨折、腰痛や神経痛にまで使われている。

 ただし風邪とかの死なない程度の感染症への使用は厳禁。

 抵抗力が弱くなる。特に小児には使ってはならない。


「そうか……この礼は必ず……」


 そう言うと女性は気絶した。


「セレナ。周囲の生命反応は?」


「ないよ。ただ森の中に四人の遺体があるよ!」


「わかった。できれば埋葬したい」


「了解。作業用ドローンを向かわせるよ。ただ作業スピードはかなり遅くなるからね!」


「時間をかけてもいい。遺体用収納袋に入れて野生動物に食べられないように。ここの宗教はわからんが遺体を洗浄してなるべくきれいにしてくれ」


「了解」


 多少葬儀の手順が違っても知らなかったでごり押しする。

 説明してもキレるようなら逃げればいい。


「最悪の事態になったら軍隊ごと接収すればいいしねー。ところで、猪頭の死体どうする? サンプルをラボに持っていってもいい?」


「分析にかけてくれ。俺たちにはあらゆる情報が必要だ」


 軍服の端末からサイドカーモードを選択。

 バイクが変形しサイドカーが追加される。

 女性をサイドカーに乗せてベルトで固定。

 するとモーター音が聞こえてくる。

 靴くらいの大きさのタイヤの着いた車両が何台もやってくる。

 作業用ドローンだ。

 制服でペアリングしてないのでセレナの操作だろう。


「あとの作業は頼んだ」


 そう言うとバイクでキャンプに戻る。

 女性を寝袋に入れ医療モードにする。

 これで体の洗浄などもオートでやってくれるし、床ずれが起きないようにもしてくれる。

 あと血管が血栓でつまらないように圧迫も繰り返してくれる。

 酸素も必要だ。

 物資から酸素供給装置を出して女性の口にマスクをかける。

 そこらでナノマシンが売ってる時代でも、こういう数千年前の単純な機械は生きている。

 今度は新しい方の技術で。

 寝袋から睡眠薬の投与を選択。

 痛みで飛び起きるのはかわいそうだ。

 幸いナノマシンの拒否反応はない。

 どうやらナノマシンアレルギー向け医療用ホチキスと接着剤は必要なかったようだ。

 安心してため息が口から漏れた。

 今度は俺の世話だ。

 水と栄養バーを出して俺は自分の軍服のタッチパネルから洗浄ボタンをを押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る