第6話

 夢を見た。

 屋敷が燃える夢。

 父上と母上の絶叫がわたしを責めるように耳にこびりつく。

 ゴブリンの群れの歓喜の雄叫びが響く。

 突然起こった怪物の襲撃。

 守るべき領民もすでに多くは殺され、逃げたものもじき殺されてしまうだろう。

 だというのに、わたしだけは生き残ってしまった。

 最後に残った4人の騎士たち。

 彼らを守る義務がわたしにはあった。

 だが情けないことにわたしは彼らを死なせてしまった。

 わたしもゴブリンの食料になるのだろう。それが運命だとわたしは思った。

 腕をかみちぎられ、足に槍を突き刺された。

 腕が噛みちぎれたらまず助からない。

 ここで命が助かっても毒で死ぬだろう。

 それこそ伝説にあるエリクサーでも使わない限りは。

 男爵家は潰えたのだ。

 ああ、なんてわたしは弱いのだろう……。

 学園では女騎士などとおだてられ、すっかりいい気になっていた。

 復讐、それに民を護る……それは貴族の義務だ。

 それすらままならない。先祖になんとわびればいいのか。

 父上、母上、シャルロットは一矢報いることすらできませんでした!

 許してください。

 命の危険の前に悔し涙すら出ない。ああ、なんて情けないのだろう。

 わたしの腕をかじりながらコブリンが蛮刀を振りかざした。

 ああ、これで終わりだ。

 力が欲しい……。

 ああ、悪魔に魂を売ってもいい。

 力が欲しい。誰か……。

 そのときだった。

 それは奇妙な音だった。

 馬車に似て非なる音。

 まるで親殺しを処刑するときの車割きの刑のごとき轟音。

 二輪しかない黒鉄の馬がオークの頭部を引き裂く。

 死神の馬から降りてきたのは黒き死神。

 一目で理解した。

 彼の強さは人知を越えている。

 亜人含めた人間種がたどり着く最頂点。

 それが軽薄そうな顔をした少年だというのが心底怖かった。

 彼はまるで帰り支度をするかのようにゴブリンの群れを葬ると私の方へやって来る。

 ああ、そうか。今度はわたしの命を刈る番がやってきたのか。

 だが彼はわたしの治療を始めた。

 見たこともない体力回復ポーションを使い、痛みもなくあっと言う間に止血する。

 わたしに心配ないと優しく声をかけた。

 ああ、わたしは神に会ってしまったのか……。

 わたしは意識を手放した。

 それが夢だと気づいたのがつい先ほど。

 夢が本当に起きたことだと理解したのは、つい先ほどなくなった右腕を見たとき。

 どうやらわたしは信じられないほど寝心地の良い寝袋で寝ていたようだ。

 わたしがいるのは大型のテント。誰の物だろうか?

 口に奇妙なマスクをしている。べっ甲だろうか?

 息苦しいのでマスクを外す。

 すると頭がぼうっとしてくる。血が足りない!

 貧血でぼうっとしていると昨夜の死神が声をかけてくる。


「起きましたか? 喉が渇いたでしょう。水を飲んで薬を飲んでください」


 そう言って四角いビスケットと金属製の水筒に入った水を差し出してくる。

 たしかに喉はカラカラだった。

 受け取っていいものか悩んでいると水筒の蓋を開けてくれた。

 どうやら親切な御仁のようだ。

 あれほど雄々しく容赦なく冷酷な戦いをした男だというのに。


「卿の御慈悲に感謝する」


「慈悲だけではありませんよ。実は我々は突如この地に飛ばされて難儀していたのです。この地の情報をいただければありがたい」


 そういう訳があったのか。

 高度な魔道士は空間をも自在に操ると聞く。

 別の大陸の魔道士に違いない。

 いやだが……近接戦闘の圧倒的な腕は魔道士とは思えない。

 いったい何者なのだろう?

 いや問うまい。

 わたしは彼にすがるしかないのだ。

 礼を失して見捨てられるなど許されない。

 復讐を遂げるまで死ぬわけにはいかないのだ。


「わたしが知っていることならなんでも答えよう」


「じゃあ元気になったらお願いします。まずは治療を優先しましょう。さあ、水を飲みながらこれを食べて」


「感謝する」


 わたしは水を飲む。まったく臭みのないきれいな水。それが身体の中にしみこむ。

 床にボトルを置くのに躊躇するが思い直す。

 まだ貴族ぶっている自分に嫌気がする。

 ボトルを床に置き、ビスケットを口に入れる。

 頭にガツンと来るほど甘い。

 薬の味をごまかすための措置だろう。

 なるほど。ポーションが練り込んであるのか。

 野営で食べる麦の煮込みよりはずうっとマシな味だ。

 美味と言ってもいい。

 これ一つにどれだけの価値があるか!

 想像すらできん。


「美味しくないでしょう? でも療養食ですので我慢してください。怪我の治りがはやくなりますよ」


「そんなものがこの世に存在したのか……」


 そんな便利なものがあればどれだけの人が助かるだろうか?

 神の世の物に違いない。


「まずは怪我について説明します」


 説明されても医学に関して無知なわたしではわからん。

 と言いたかったが、彼は真剣な顔だった。

 聞くことにする。大人しく。


「ちぎれた腕は再生中です。再生には腕の重量の1.5倍の栄養素が必要です。食物に換算するとさらに数倍の量が必要ですね。二、三日は療養食を食べて、様子を見て高栄養素の普通食にしましょう。足の怪我も同様です」


「待ってくれ! 再生とな? それは神の領域では? 人にそんなことが可能なのか!?」


「ええ、ただ再生には大量の血と骨と肉の原料が必要です。つまり食料です。女性なので過食は難しいかもしれませんががんばりましょう! ……くれぐれも好き嫌いはしないように」


 そう言って彼ははにかんだ。

 年齢相応の顔じゃないか!

 ああ、なんということだろう。

 わたしは彼を信用してしまっている。

 彼の言うことはなぜか説得力があるのだ。

 彼は手足の材料を食べねばならないと言った。

 よく考えれば当たり前の話だ。

 エリクサーで手足が生えてくるという記述よりずっと説得力がある。

 手足の材料なんて今まで考えたこともなかった!

 本当に……本当に……手足が再生するのかもしれない。


「この薬を飲んでください」


 今度は丸薬を差し出す。


「これは……?」


「痛み止めと睡眠薬です。過剰な痛みは脳にダメージを与えます。それに初期再生には睡眠が必要です。飲まないと痛みで寝られませんよ」


 わたしは薬を口に入れ水を飲んで飲み込む。

 なあに、彼の御仁が危害を加えるならこんな手は使わないだろう。


「安心してください。目覚めるころには初期再生が終わっているでしょう」


 優しい声を聞いて安心するとわたしは眠気に飲み込まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る