第6話 回復士と魔王と、これから――


「……?」


 何だかこの世のものと思えない絶叫が聞こえた気がした。

 が、気のせいかと思い直し、私は魔王さんの入ったぬいぐるみを抱え上げる。


「さて、と。これからどうしようかな」


 ここは魔族領。

 普通なら人間領に戻るべきなんだろうけど、勇者たちによって私は追放されたことになるだろうし、また王様に無理な命を受けても面倒くさい。


 それならいっそ、この魔王さんともっと話をしたい。

 この魔族領で暮らしてみてもいいだろうか?


 そのことを腕の中のぬいぐるみに伝えると、また楽しげな笑いが返ってきた。


「もちろん我は構わん。というより、我はもっと貴様ら人族のことが知りたい。元々、対話がしたいと言っていた通りだ」


 そういえばそうか。


 私も魔王さんとこうして話ができて良かったと思っているし、何か楽しいことが始まりそうな予感がしていた。

 勇者たちには名前も覚えてもらえなかった私だけど、この魔王さんはきちんと私に向き合ってくれる、そんな気がして。


 あ、回復魔法が使えるんだから宿屋なんかをやってみたい気もする。

 一晩休んだら怪我なんかが全回復しちゃうような、そんな宿屋。

 でも、魔族たちって宿屋という文化はあるんだろうか? そもそも寝る習慣とかあるんだろうか? ご飯は? どんなものを食べるんだろう?


 そんなとりとめもない疑問が膨らんでいき、「よし、もっともっと魔族のことを知ろう」という結論に落ち着いたところで、腕の中の魔王さんから声がする。


 それはこんな言葉だった。


「そういえば、貴様、名はなんと言う?」


 今度は私が驚く番だった。

 何故かその言葉はとても優しく、温かく、そして心の中にストンと落ちてきて、思わず泣きそうになってしまう。


「何だ? 我はそんな変なことを言ったか?」

「ううん。全然変なことじゃないよ」


 そして、私は魔王さんに向けて自分の名前を告げることにした。


「私の名前は、レイラ・カートリー。これからよろしくね、魔王さん」


 さて、まずは魔王さんの耳を縫い付けることからやらないとな、とそんなことを考える。

 私は魔王城から外、これから私が暮らしていくことになる魔族領の景色に目を向けた。


 その広大な大地には太陽の光がこれでもかと降り注いでいて、これからのことを祝福してくれている。


 そんな眺めがあった――。



《完》


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とある回復士の置き土産 天池のぞむ@6作品商業化 @amaikenozomu

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