第十一話 収束

 「...、んっ...?...っ...?」


 目を覚ますとそこは暗がりだった。


 立ち上がるために体を動かしてみるが思うように動かない。どうやら拘束されているようだ。


 口には何かが詰め込まれているため、助けを呼ぶにも声が出せない。


 あまりにも唐突で状況が掴めなく何もできないため、こうなった経緯や最後の記憶をたどってみることにする。


 確か、あの青年と夜を明かした後、帰り道の路地裏で暴漢に襲われそうになったところを誰かに助けられて気を失った。


 思い出せるのはここまでだった。


 これはどういうことだ?

 

 つまり助けられはしたが結果的には攫われたのか?


 ヒーローは間に合いはしたが倒れた私をほっぽって帰ったのか?


 そのせいで別の奴に攫われた?


 どちらにせよあの時一瞬助かってたよな私。


 頭を巡らせるほど深まっていく謎が嫌になり、美夜は考えるのをやめ命の危機に直面しているにもかかわらず二度寝をきめ込む決意をする。


 すると、ガチャリと何かが開かれる音が響く。


 音のした方向を向いてみると光が差し込んでくると、二人の人間が入室してくる。


 片方は何か大きなものを担いでいる。


 暗闇に目が慣れはじめていたため、直視できずに思わず目をつむりそうになる。


 だが、ここでつむってしまうと次いつ来るか分からない現状を知るチャンスを逃してしまうことになるので、外の光に耐えながら二人の方を見てみる。


 二人が足を踏み入れた。


 すると部屋全体が少し揺れる。


 外の光や部屋の揺れを鑑みるに、おそらくここはこの二人が所有するトラックか何かの荷室なのだろう。


 新たな情報と外の光を得たので、周りの様子を今のうちにと見渡してみる。


 周りには自分と同じように拘束されて意識のない遊女らしき女達が数人詰め込まれていた。


 間違いない。私達は何者かに攫われたのだ。そしてどこかに移動されようとしている。


 考えを巡らせ、周囲を観察していると入室してきた二人のうちの片方がしゃべりだす。


 「はぁ。ったくよ。相変わらず鬼姫陽は人使いが荒いな。今日中に三茶の遊女全員拘束して来いって...。冷静に考えて頭おかしいよなアイツ。」


 逆光で輪郭しか見えないが、ゆらゆらと揺れる尻尾と頭上にある耳を見るにおそらく犬科の獣人だろう。


 「だよね~。もはや暴挙だよねこれ。『スレイヤー』の耳に入って殺されても文句言えないよね。もしかしたら今日明日が私達の命日になるんじゃ?」


 「適当に目的を果たしてトンヅラするんだろ。アイツの考えてることなんて分からん。ただアイツが依頼を受ける時はなんらかの目的のための布石だ。アタシ等が深く考えることじゃない。それでこの後だが、査礼の位置情報が本通りの団子屋にあるのをさっき確認した。おそらく役人に現状報告でもしてるんだろう。伝達が終わり次第、通信機での連絡が来る。まぁ向こうからもアタシ等の位置は分かるようになってるし、そう遠くないしで、あっちから合流するのを待つのもアリだけどな。なんにせよ続報待ちの待機だな。」


 そう言いながら獣人は担いでいた意識のない遊女らしき女を床に置く。この人攫いは何個かの班に分かれて遂行されているらしい。


 それにしても役人がらみの事件とは。つくずくこの町は救えない。


 「く~っ!!スレイヤーに嗅ぎつけられる前に早く立ち去りてぇなド畜生!!」


 もう片方の人はおそらく小人族だろう。テンションが高く子供に見えるがしっかり先をみすえているところや接し方を見るに、見た目に反して隣の獣人と年齢はさほど変わらないのだろう。


 会話の内容から察するに、鬼姫陽とかいう上司からの命令で私のような三茶女郎の身分の遊女達を強引な方法で攫っているようだ。


 三茶女郎といえば最近、『浪女狩り』の標的となっている遊女の身分だ。私がこいつらに攫われた理由はおそらくこれだろう。


 だが町中の三茶女郎を攫っていったい何をしようというのか。


 他の遊女達は誰一人として目覚めていない。


 攫われた理由はともかく、はやくなんとかしてここを脱出しなければ。


 再び周囲を見渡し、何か役に立つものはないかと探す。このまま攫われれば、どうなるか分かったものではない。この遊郭で二年生き続け、こっちの世界の知識があの青年程ではないにせよ乏しいこの私が今ここを出るわけにはいかないのだ。





 「おい。浪女。」


 その言葉は逆光から自分の方向に放たれた言葉だった。


 反射的に声をたどるとそこには、逆光に包まれながらこちらに目を向ける獣人の姿があった。


 情報を得ることに躍起になり、向こうの目を盗むことを完全に怠ってしまった。


 不味い。こうなってはもう自由に動けない。まぁ元々拘束されてるから自由もクソもないのだが。


 「ふっ。意識があるみてぇだな。食い入るようにキョロキョロしてんのを見るに、脱出の手段でも考えてんのか?まぁ無意味だがな。お前だけは絶対に逃がせねぇからよ。」


 獣人はそう言うとニヤリと得意そうな笑みを浮かべる。


 ...お前だけは?お前だけとはいったいどういうことだ?こいつらの狙いが私にあるのか?


 ならここに転がっている他の遊女達はなんなんだ?


 なんにせよこの騒ぎの渦中に自分がいるのだろう。面倒だ。


 獣人に続けて小人の女も口を開く。


 「私達の目的は尋問。ちょっと聞きたいことがあるんだよね~。そのあとはちゃんと楽にしてあげるからね。なんならここで済ませちゃう?」

 

 「確かにな。このまま持ち帰るのも面倒だし。いやだがまだ三茶女郎全員の拘束が終わってない。ここで始末すれば辻褄があわなくなるぞ?」


 ......始末...?つまり殺されるということか...!?


 「ん...!!んんっ!!」


 「そうか...。でけぇ声出せねぇように口にティッシュ詰め込んで縛ったまんまだったな。」


 そういうと獣人は私の口に入っている丸まったティッシュを取り出す。


 のどの方までティッシュが詰め込まれていたため、嗚咽が出てしまうが命の危機を前にそんなことを気にしていられない。


 口が自由になり、会話が可能になったため獣人と小人に会話を投げかける。


 「始末ってどういうこと?私はあなた達に殺されるの?殺されるどころか攫われる理由もない。聞きたいことがあるならさっさと聞いて解放しなさい。」


 すると獣人は、美夜を眼光鋭く射すくめる。


 「アンタになくてもアタシ達にはあるんだよ。攫う理由も、殺す理由も。攫う理由はさっきも言った通りアンタから知り得たい情報がある。殺す理由は、今この時点でアンタがアタシ達を認識しているからだ。」


 「認識って...それはあなた達が、」


 「理不尽だよなぁ。だがそんなもん言い出したらキリがねぇ。そういうもんなんだよこの世の中。弱肉強食が基盤となっているこの世界において、理不尽なんてただの日常だ。日々私達の生きる糧として搾取され続ける動物達のようにな。」


 この人達独自のルールなのだろうか?筋が通っていないようで通っているのかこれは。


 そして小人が獣人の言葉に補填するようにしゃべりだす。


 「まぁ、この獣人ちゃんが今生態系の話持ち出して話がすごい壮大になっちゃったけど。ようするにさ、私達は明るみにはにはできないような仕事を普段やってきてる。だからこういう風に、認識されちゃうことがもう不味いんだよね~。もしかしたら君が今後、ここで得た情報をもとに私達をピンチに追いやるかもしれない。意識的か間接的にか。分からないけどそんな可能性は無くすにこしたことはないんだよ。だから私達は目的完了次第、保身のためにとりあえずあなたを殺すの。」


 その笑顔にはどす黒い狂気を感じる。おそらくこの人たちはこのルールを掲げて今まで多くの罪なき人々を殺してきたのだろう。そしてこのルールを掲げて、自分の身の危険から退いてきたのだろう。


 「でもだからと言ってアタシ達に弱者を一方的になぶる趣味はない。こういうルールで生きているだけでね。だからさっさと終わらせるとしよう。尋問に移るぞ。」


 物凄く自分本位な理屈であるが、何を言ったって無駄だろう。


 どうするべきか...。素直に尋問を受けるか否か。どの道死ぬことが確定している今、選択肢はあるが、もたらす結果は変わらない。


 ...結局、何もできずに、何一つ現状を変える動きを見せることすらできずに終わってしまうのか。


 あの時、せっかくきもちをいれかえたというのに。


 待つだけの人生にようやく終止符をうてたきがしたのに。


 青年はいまの私を見て何を思うだろう。


 「私達が君を発見した時には、君はおそらく最近巷で話題の『浪女狩り』に襲われていたんだよね。裏は取れていないけど間違いないと思う。でもそんなのはどうでもいいんだよね実際。私達にとっちゃこんな事件、派手に動くための口実でしかないからさ~。」


 ちょっと待て。浪女狩りがどうだっていい?どういうことだそれは。この人攫いには『浪女狩り』が深く関わっているのではないのか?


 ならば本来の目的は…?





 「私達はねぇ...、君が昨日の夜から明け方にかけて会っていた青年。利々一成の首に用があるんだ。」




 ......利々一成って...。あの青年の名前か...!?


 どういうことだ?あの青年が怪しげな集団に首を狙われている?そんなことは一言も聞いていない。本当にどういうことなんだ?


 だが言われてみれば、彼の素性は謎だらけだった。


 口ぶりからこちらの世界に来て二年以上経っているのに遊郭にずっといた私以上に世間知らずだった。


 戦争の話になった時は意味深な発言をいくつか漏らしていたし、私がそれとなく素性を探ろうとした際には、綺麗にかわされた。


 私のように何か人には触れられたくない過去を抱えているのだと思ってあまり深く詮索はしなかったが...、......。





 ...ちょっと待てよ? つまり私はなぜこの二人に拘束されている?


 私が何かしでかしたからでも、浪女狩りに巻き込まれたからでもなかった。


 あの青年と接触してしまったから...か...。










 

 ふざっっっっっっっっっけんなよコラぁぁぁあああああ!!!!!!



 人の人生に土足で入ってきて上から目線に物申してきやがって!!助けが必要なのはテメェじゃねぇかこの野郎!!!一期一会に全力であやかるって言ってやがったけどそんなに!?こっちはこの一回の出会いのせいで人生終わっちゃいそうなんだが!?これ私切り捨てられたってことか!?この間に絶対アイツ逃げてるよな!!マジでムカつくなあの野郎!!!死ぬ前に一発だけ...、頭蓋骨が跡形もなくなるぐらいの渾身の一発ぶち込んでやりたかったクソ野郎っっ!!!!


 青年に対するムカつく気持ち、裏切られてムカつく気持ち、利用されてムカつく気持ちなどが入り乱れ、美夜は鬼のような形相になっていく。


 自分たちの振りかざす理不尽とは別のところにキレている美夜に対して、二人は首をかしげ、若干気圧される。


 「...ん?ねぇ史道ちゃん...。なんだかこの子、急に様子がおかしくなってるんだけど...。どういうこと?」


 小人の少女は、怪訝そうな顔で美夜を見る。


 「...、さぁな。ただ何か別のことに対してスゲェキレてんのは見てわかる。」


 獣人はあきれたように答えた


 その瞬間、


 ブゥゥゥゥゥウ、ガサガサガサ、というなんらかの振動音とノイズが狭い荷室に響いた。


 その音を聞いた三人の視線は一点に集まる。


 獣人の腰に備えていた通信機だ。


 電波の届きが悪いらしく音が聞き取れないので、獣人はアンテナをのばすと、聞こえてきた声は二人の仲間のものではなかった。


 私が夜から明け方にかけて聞き慣れたあの声が、少量のエコーとノイズに阻まれながら流れてくる。


 『......、あー聞こえてますかー?マイクテスっマイクテスっ。おーばー?こちら伝達班。伝達班班長が倒れたため、急遽代理で務めております。どーぞ?』


 トランシーバーで伝達する際に使いがちな言葉を適当に並べている意味が分からない通信だったが、この獣人達がそんなところに気を配る余裕などない。


 仲間が持っていたはずの機械が何者かに奪われているからだ。


 「...テ、テメェ!!どこの誰だコラァ!!なんでテメェが査礼の通信機持ってんだ!!」


 さっきとは一変、獣人は獰猛に怒り狂う。


 「っく!!査礼がやられた!?どういうわけよ!!」


 『どういうわけって...。弱肉強食の理不尽さってのは、お前らの流儀だろ?今更何言ってんだ?どーぞ?』


 「...さっきの会話から筒抜けか!?テメェいったいどこにいやがんだ!?」


 再び獣人が怒声をあげる。




 すると今度は、全員を震撼させてしまうほどの衝撃が飛んでくる。




 車体をも動かしたその衝撃は、一本の刀だった。




 荷室の壁に刺さった刀を抜き、手に収めた青年は不必要に通信機越しに声を尖らせる。




 「『これからお前達を襲うこの流儀に、決して音を上げるんじゃねーぞ。それが今までお前達がふるってきた理不尽なんだからな。どーぞ。』」


























 —刹那、先程の通信機の音よりも、車体を揺るがすほどの衝撃の音よりも大きく芯の通った音が荷室を超えて、周辺に響きわたった。





 その衝撃は、一瞬の迷いを見せることもなく目的地へと着地する。


 



 




 右京美夜の右ストレートは、一切の無駄なく青年の、利々一成の右頬へと吸い込まれていき、渾身の一撃の野望は完遂されるのだった。


 

 


 

 

 

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