第十話 暗躍

 遊郭全体でも指折りの本通りにある団子屋では、愉快な周囲とは違った空気に包まれていた。


「三茶女郎の身分にあたる遊女たちはあらかた捕らえましたわ。手っ取り早く全員ぶっ飛ばしてしまいましたけれど...。しかしこれで全員の安全は保障されました。捕まえた遊女の内の一人を襲っていた男がここ最近の話題の浪女狩りなのかはまだ確認が取れていませんが。」


 「もちろん襲うと言っても、夜の方じゃありませんよ。ふふっ。」

 

 着物の上に軽い上着を羽織り、優美とミステリアスな雰囲気を醸し出す黒髪の少女は、必要のない補足を足しながら余裕そうなツラをしている。

 

 「...そうですか。」


 少女と背を向け合い座る役人は目に見えて動揺している。


 「どうしましたか?何か言いたいことがあるのなら、なんでも言ってみて下さい。」

 

 少女は言葉に少し棘を入れて聞く。


 「いいえ...。その...、とられる手段が少々乱暴なのではありませんか?一人の殺人鬼からの安全を保障するためとはいえ、その対象の位の遊女全員を力ずくで捕縛するなんて...。」


 怯える役人は恐る恐る少女に心の内を吐露する。


 すると少女は、先程とは違った不敵な笑みを浮かべる。


 「ふふっ。だから...。そのスタンスがもうアメェっつってんですよ。」


 「勘違いしないで下さいね。あなた達はもう、堅気が超えてはいけない一線を越えてえいるんですよ。あなた達が今頼りにしているのは暗部。頼まれれば人だって簡単に殺せるような連中と肩組んでいるんですよ。」


 「...で、ですが...。な、なら、犯人の確認が取れ次第すぐに開放しましょう!!」


 「...ふふっ。別に取って食おうとしているわけではないのですよ?そんなに心配されなくとも大丈夫ですよ。」


 「......。」


 怯えながらも食い下がっていた役人はようやく主張を諦めたようだ。ついこの間までは正当に働いてきたのだ。どうしても悪行に手を染めることに抵抗が出てしまうのだろう。


 「ご理解いただけたようで助かりました。あんまりにも聞き分けの悪いサルを相手するのも疲れるものなんです。あと少しでもこちらの気を損ねていたらブチギレてしまうところでしたわ。ふふっ。」


 「......っ!?」


 「使い走りサルの聞き分けが悪いせいで想像以上に時間を取られてしまいましたが、以上が報告になりますが...、他に何か?」


 「...いや、何も。でも、男ってのは時にはサルのように獣にならなくちゃいけねぇ時もあるもんだぜ?特に夜は。」


 「...はい?」


 少女は役人の声色が変わっていることに気づく。


 「いやさ?でも紳士的かつプライド的な観点で言うとサルになりたくはないんだよ。内なる本能に体を任せたくはないんだよ。でもやっぱりそういうことするんだったらさぁ、サルの一面も出して盛り上げないと。勇気を振り絞っていかねぇと。特に夜は。」


 「...えっと、その...、なんの話を...?」


 少女は困惑する。


 そして青年は答える。


 「......だから...、」


 「夜の話だっつってんだろぉぉぉぉおおがぁぁぁあああああああ!!!!!!!!」


 「!!!!?????」


 怒声をあげた青年は腰に備えた刀を抜き、少女をぶっ飛ばす。容赦がない。


 「まったく...、遊郭で浮かれた男連中と眠い目こすりつけて笑顔振りまく女連中が混沌とする中で、何やら神妙な面持ちで団子食ってる奴らがいると思ったら...。つーか団子屋で密談とか、お前ら本気で隠す気あんのかよ。ベタ中のベタじゃねぇか。」


 「...な、何を...って、あなたは」


 「ふんっっ!!」


 「くっ!?」


 意識を完全に削り取ったと思ったら、まだ朦朧としてるっぽかったから確実にトドメを刺す。本当に容赦がない。


 「アンちゃん!!...ってアンちゃん!?何やってんですかい!?」


 刀身を鞘におさめると、後ろから先程の客引きの男が叫びながら走ってくる。


「何って、悪者ぶっ飛ばしたんだよ。見りゃわかるだろ?」


 青年は悪びれなく答える。


 「わ、悪者?...ってアンちゃん!!この役人もアンちゃんが!?不味いよアンちゃん!!役人はやべぇよ!!シャレになってねぇよ!!」


 「それがな、どうやらコイツら示し合わせて悪いこと企んでやがったらしいんだよ。」


 「だとしても、役人やっちまうのは...。んで、こっちの嬢ちゃんは何者なんですかい?」


 少し落ち着いた様子を見せた客引きの男は、倒れた少女に視線を移し聞く。


 「あぁ...。なんか暗部とかなんとか言ってたな。」


 青年は何気なく答えたつもりだったが、それを聞いた客引きは顔色を真っ青に変えた。


 「暗部!?...あ、暗部って言ったんですかい?この嬢ちゃんが...?」


 「何かあるのか?その暗部ってのには。」


 何かとんでもないことに首を突っ込んでしまったのだろうか。


 「...表舞台で活躍するたいそうな身分の連中が表沙汰にはできないようなことをする時に雇われる日陰者達。職業柄なのか、その性格ゆえにその職業なのかはわかりやせんが、倫理観は欠如していて命令されれば人だって簡単に殺せちまう。暗部ってのはそんな連中達の総称...、アンタはそんな連中にケンカを売っちまったのかもしれねぇ。」


 夜の街で客引きなんてことを続けていれば、こういった知りたくないような情報の一つや二つ、意図せず入ってきてしまうのだろう。


 それにしても、暗部か...。一人相手にすればおんなじような奴らが次々に立ちふさがってくるものなのだろうか。


 「アンちゃん。悪いことは言わねぇ。今すぐこの遊郭から立ち去るんだ。暗部の人間と役所の人間が密談ときたら、これから不穏なことが起きるのは確定です。ここにいちゃ、アンタはこの先ずっと命を狙われ続けるでしょう...、ってアンちゃん?何倒れた嬢ちゃんの懐まさぐってんですかい!?それは暗部だとか抜きにして不味いですよ!?」


 客引きの話を耳に入れながら、青年は少女の服を漁り始める。


 「あ?勘違いしてんじゃねぇぞお前。こうやって手がかり探してるだけだよ。ほらコイツ絶対なんか情報持ってんだろ。これは勝者の特権だ。やましい気持ちなんて何一つありゃしねぇよ。」


 「いや...。おもいっきし鼻血流してんじゃねぇですか。」


 青年はおもいっきし鼻血を流していた。


 「...おっ、なんか出てきたぞ。」


 「...。」


 「...っ、これは...!?」

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