第七話 事件の匂い

 会って半日も経たない奴に10万を貸し下げた右京は、不満すぎる気持ちを前面に、というか主に顔面に露骨に出しながら夜が明けた遊郭の本通りを歩いていた。


 あんなにヒーローヅラで私の人生にケチつけておいて、あの野郎はそんな私に10万もの大金をせびってきやがった。


 腹の立つ話だ。


 いくら遊女の中でも稼いでいる方とはいえ、その大半を遊郭に収めさせられているため10万もの損失は決して安くない。これは人生二周分の安泰くらいは保証してもらわなければならない。


 貸した金が帰ってくるかは分からないが、10万分の働きはしてもらわなければならない。こき使ってやるのは確定としても、具体的にどう関わっていこうか。


 そんな風に頭を悩ませていると、前方に人だかりができていることに気づく。


 集まる人々の顔を見るに、何かショーのような愉快なものではないらしい。


 少し気になり目を凝らして見てみると、その中心には屯所の役人2,3人が深刻な顔をしている。


 そういえば昨日、というより今日の深夜、役人と思わしき男数人の怒声がこちらの方面に消えていった。


 青年は遊女の喰い逃げか何かだと言って怯え切っていたが、もしそうならこのような形で現場検証のようなことはしないだろう。


 人だかりに体をねじ込んで中の様子をハッキリ除くと、そこには大きな血痕が残されていた。それも数滴程度の物ではなく、人一人分の致死量といっても過言ではないほどに散らばっていた。


 間違いない。今日の深夜、ここで人が死んでいる。


 すると役人たちの会話が聞こえてくる。


 「しかし、これで何件目だ?浪女狩り《ろうじょが》。」


 役人のうちの一人がそう口のする。


 口ぶりから察するに、今回の殺しは、その浪女狩りというやつなのだろう。異世界決定戦において敗戦したあっちの世界から捕虜やら奴隷やらとして送られ働かされている私達のような存在『浪女』をねらった連続殺人なのだろう。


 「さぁな。ただこれだけ立て続けに殺されてりゃ、法則性も見えてくる。どうやら犯人は、ただ浪女を見つけては殺すという制限的な無差別殺人を繰り返してるわけじゃないらしい。」


 「法則性?」


 「あぁ。被害者の遊郭においての位だ。今まで殺されてきた浪女はみな、散茶女郎の位をもっている......、って、お前何しれっと会話に参加してるんだ?入ってき方がナチュラルすぎて気づかなかったぞ。」


 クソ。良いところまでいってたのにバレたか。


 散茶女郎。この遊郭において太夫、格子女郎の次の階級であり、決して低い階級ではない。浪女の身分でそこまでに至るのは容易ではない。


 そして私も、その散茶女郎の一員だ。


 決して他人ごとではない。


 「...はぁ。まぁいい。恰好からして、お前もそこそこの地位なんだろ?用心しろよ。正義の味方なんてものは事件が起きなきゃ動きやしない。英雄もヒーローも白馬の王子も、警察も、そこは変わらねぇ。だからまぁ、正義の味方なんかには頼らねぇで、お前だけの味方を見つけ出すことだな。」


 殺人野郎に殺されるかもしれないやつにむかってそれはないだろ正義の味方よ。


 だが、この役人のいうことももっともだ。


 この遊郭に限らず、こっちの世界全体において言えることだが、あっちの世界から来たヒューマンに対する風当たりは厳しく、差別的な目を向けられることがある。


 しかしそれを間違いだと咎める者はいない。なぜなら、正しいのはこっちの世界なのだから。


 そして間違っていたのはあっちの世界。それを決めるために戦争までした。今更そこを覆そうとする人はどこにもいないだろう。


 正義の味方なんてものがいたとして、ソイツはこっちの世界の味方なのだから。


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 

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