第五話 一期一会には全力であやかり繋ぐべき
「『スレイヤー』ねぇ...。そいつがこの遊郭全体の実権を握ってんのか。お前なんかよりも余程いい女、大量に侍らせてんだろうな。......うらやましい...。」
「あなたねぇ...。一応言っておくけど、私だってこの町じゃ業績は比較的高い方なんだからね。『スレイヤー』にだって認知くらいはされてると思うけど。」
遊郭内全体が不穏な空気に包まれだした頃、美夜達は六畳間で語らっていた。
「オッサン共をいかに楽しませられるかでそんな胸張られてもな...。っていうかお前...遊女のわりに胸無くね...?」
この男のデリカシーのなさは会ったその瞬間から理解していたが、その時はいつも唐突にやってくるため、さらにたちが悪い
「着物を着てれば誰だってそう見えるもんだよ。脱いだら意外と...ってタイプの遊女だから私は。わかったら二度と私の前でその話をするなよ。」
「......。」
釘を刺された男はその勢いに押され黙り込む。
「それにしても、あなた本当にこの町のことてんで知らないのね。この町はあの『スレイヤー』の庭ってことで、他所でも有名なはずなんだけど。聞いたことすらないの?」
この話を始めてから疑問に思っていたことを投げかけてみる。
「......おれはあっちの世界の住人だ。こっちの世界のことなんて知るわけねぇだろ。」
どうやらこんな男にも触れられたくないことの一つや二つ、あるようだ。
「あんたねぇ...。あの戦争が終わった後にこっちの世界で暮らすようになったんでしょう?今までどうやって生きて来たわけよ...。」
自然な流れをつかんだ私は、一番聞きたかった問いを投げかける。これだけ話していても、この男の具体的な素性が一切見えてこないのだ。恰好はあっちの世界の、おそらく日本の高校の夏服なためあっちの世界から戦争関連の理由で送り込まれたのだろう。
しかしわかる情報がそれだけしかない。それ以上の情報が話していてもまるで見えてこない。むしろ戦争から二年も経過してなお、あっちの世界の服装のままでいることに、逆にさらに疑問が生じてくる。
と、この男の素性がわからずに頭を悩ませていると、大きなあくびが聞こえてきた。
水商売で生計を立てる右京の主な活動時間は夜なため、眠気を感じることはないのだが案の定、青年の方は会った時からどこか眠たげな瞼がより一層閉じかけていた。
そんな青年を見かねた右京は、配慮する。
「ねぇ。眠いんなら寝ちゃいなさいよ。あまり無理すると、明日にさしつかえる。」
提言を受けた青年は目に強く手を擦り付け、気を引き締めながら言う。
「...フッ、俺は一期一会には全力であやかりに行く性分なんだよ。こんなところで寝てられるかよ。それにお前も、気持ちわりぃオッサン共の下手クソなテクで享楽するフリし続けるようなイカ臭ぇ夜ばっかじゃなくて、時にはこういう語らうだけで何も、ナニもねぇ夜も一興なんじゃねぇの?」
...まったく、品性の欠片もない奴だな...。
「...そんな食い気味な一期一会は聞いたことがないんだけど。まぁ、あなたがそうしたいのなら構わないわ。それに、あなたが望むのなら今からナニがあるイカ臭い夜にするのだって構わないけれど?」
そう、構わないのだ。それが今の私であり、この町での存在意義なのだから。
すると青年の眠たげな瞳に、真っ直ぐな芯のようなものが宿る
「...やっぱり、お前は自分を安く見すぎてる。割り切って生きてるんならわかる。他人に体を許すにせよ、自分を持ち続けているならそれでいいさ。でもお前は、自分なんてどうなっても構わないって、自分を殺してこんなことを続けてるんだろ?そんなのはおかしいだろ。」
この男はやはり唐突だ。唐突に立ち入られたくない領域に土足で踏み込んでくる。本当に厄介この上ない。
「さっきも言ったけど、人の事情に土足で入ってこないでくれる?私だって私なりに必死になって生きている。これが私の生き方なの。」
先程と同じようなやり取りが展開されていく。だが、男の真っ直ぐな瞳は私を捕え続ける。今度は簡単には引き下がってはくれないようだ。
「本当にそうか?自分に嘘をついて、自分を押し殺して生きていくのがお前の生き方なのか?違ぇだろ。そいつはお前の生き方じゃない。感情や衝動を閉じ込めて求められたことをただ求められたように行い続ける人生なんて、......使い潰されるだけの機械とどう違ぇんだ?」
青年は、諭すように問う。
「何全部わかったような口きいてんだ?ここまでの人生は全て私一人が背負ってきたモンだ。仮にアンタが、私が受けてきた全ての仕打ちを理解したとしてもね、それを受けてきたのは他の誰でもない私なんだよ。その仕打ち達がどれだけ私の人生に反映されるかは私次第。その仕打ちを受けてどれだけ心に傷を負うかは私次第なんだ。勘違いすんなよ。アンタは私じゃない。」
この不毛な会話を終わらせるため、口調を荒げ突き放す。そう、分かりっこないのだ。誰にも。
「......お前がどれだけか弱い奴なのかは理解したよ。でも、だからといって、その生き方はただの逃げ腰にしか見えねぇよ。」
「...は?」
逃げ腰?私の生き方が...?
耳を疑った。
私は誰よりも、何よりも、この非情な現実と向き合ってきたというのに
しかし、青年は言葉を続ける
「お前は一度でも、現状をどうにかして変えようとしたことがあるのか?どんな方法でも、お前がその重い逃げ腰を上げねぇ限り、誰も気づくことなんてできない。救うにも救えねぇよ。お前が現状に甘んじている限り、お前の一生は、首輪の外れねぇまま終わっちまうぞ。」
「現実と向き合わなきゃいけないってのは、何も全てを受け入れなくちゃいけねぇわけじゃねぇんだよ。その現実が気に入らねぇんなら、塗り変えていく必要がある。そうやって自分の生きやすいようにしていくことが、現実と向き合うってことだ。」
青年の言葉は、私の核心を突いた。
「一人じゃ現実と向き合えないって、自覚があるんだろ?なら探せよ。お前の力になってくれるような、お前だけのヒーローってやつを。」
「......そんなの、見つかりやしないさ。この町じゃ私の境遇なんて大したものじゃないんだよ。私は特別じゃないんだ。この遊郭には、戦争に負けて捕虜やら人身売買やらで流れ着いてきた遊女がわんさかいる。この程度の悲劇なんて割れたガラスの破片のように散乱しているの。そんな破片の一部分だけをわざわざつまんでくれるようなもの好き、そうそういないのよ。」
「そうかもな...。そう簡単に見つかりやしないかもな。でも探さねぇ限り絶対に見つかんねぇぞ。その生き方から抜け出してぇんなら、下ばっか見てねぇで」
「前向いて歩け。」
私は今まで、私なりに現実に向き合って生きてきたつもりであった。しかし、この青年の言う通り、私は今まで現状を変えることに背を向けて、自分を殺してまで、楽な方へ逃げてきていたのだろう。
「ん?...そうこう話している内にもう朝になってんな。悪かったなぁ、どうも俺には、他人の人生だろうが関係なく横から口出しちまうところがあるんだ。厄介だろ?」
窓を除くと、いつのまにかに、夜明けを知らせる光が遊郭全体に差し込んでいた。
真夜中はもう終わりだ。これから少しずつでもいい。この真っ暗な現状に光を刺していこう。
そして私は、その第一歩を踏み出す。
「ねぇ...。アンタの名前。まだ聞いてないんだけど?」
青年は少し目を見開き、どこか嬉しそうに答える。
「......
愚門だった。
「私は一期一会には全力であやかりに行くたちでね。」
「ふっ。そんなに食い気味な一期一会は、聞いたことがねぇな。」
そう言うと一成は、部屋の出口を目指す。
この男との出会いは、今後私にどういった変化をもたらすのだろうか。
少女は思いを馳せる。遠くない未来に。
「なぁ、それはそうと、ちょっと頼みがあるんだけど。」
「なに?」
「いまちょっと金欠でさぁ...。」
「はぁ......いくら?」
「多分...十万くらい...かな?」
「十万!?」
......はぁ。
そんな食い気味な一期一会は、聞いたことがない。
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