第四話 暗部

 時刻午前1時をまわった頃、とある屯所の一室では深刻な空気が漂っていた。


 「逃がしたか...。」


 「えぇ...。申し訳ありません。所内の見回りが気づいたころにはもう...。」


 静かに苛立つ上司を前に、報告に来た部下たちはぶるぶると震える。見てわかるほどに機嫌が悪く、怒りの矛先に自分が選ばれないかと恐怖している。


 すると、屯所の一室の中にこ洒落た女が入ってくると苛立つ上司の肩を組み、馴れ馴れしく収める。


 「ダメですぜ署長。機嫌が表に出すぎて三下達が怯えてる。いつ自分が矛先になるのかとビクビクしてるんでしょうねぇ。」


 「鬼姫陽ききようか...。何の用だ?立て込んでいる。お前の相手をしている場合ではない。」


 それを聞くや否や、舌なめずりをする。


 「えぇ。あんた達が立て込んでんのは風の噂で耳にした。なにやらとんでもねぇ上物が牢から逃げ出しちまったんでしょう?しかも逃げた先は遊郭だとか。あんな人混みじゃ、そう簡単に見つけ出せねぇ。それに見つけ出したとして、その遊郭は『異世界決定戦』においてこっち側の世界の勝利に大いに貢献し何十、何百万もの兵士たちを墓に送ったあの『スレイヤー』の庭だ。表立ててことを起こせばアンタら程度、簡単に墓行き確定、晴れて何十、何百万の仲間入りってわけだ。」


 「筒抜けか...。趣味が悪いな。...お前に伝わっていることはおおかたあっているのだろう。安心しろ。お前がこちらに潜り込ませた者は、お前の望み道理に職を全うしたぞ。」


 と言うと、数人の部下のうちの一人を軽く睨む。


 「情報さえ入ればなんだっていいさ。で?策はあるんですかい?『スレイヤー』に感づかれずに、かつ円満に逃亡者を捕らえる方法は。」


 「何が目的だ?お前がここまで深入りしてくる理由が...」


 「ウチに任せてみねぇかい?」


 目の色を変え、間髪入れずに鬼姫陽は提案をする。その問いを待っていたかのように。


 「ウチはその手の裏方は得意でしてねぇ。表立ってできねぇ仕事の全般は。特に殺しに関しちゃこの界隈でも頭一つ抜けてる。」


 先程までの深刻な空気が一変して、緊張が走る。


 「...やはりか。お前、最初からそれを交渉しに来たのだな。そしてそいつを隠れ蓑に...、」


 「まぁアンタらの気持ちもわかる。普段表立って正義を主張し悪を断罪するアンタら警察が悪行に手を染めるとなりゃ、今まで積み重ねたもん全部崩すことになる。それに、それが自分らの尻ぬぐいのためときた。情状酌量の余地なんざ欠片もありゃしねぇ。アンタらは死んでも悪に手は染めねぇことで表でも裏でも有名だ。それが一回でも手を染めりゃ、表に出なくとも、裏を正通する連中に対してメンツが立たなくなるよなぁ。」


 「だが、断言するが、アンタらが逃した上物は、アンタら程度が束になってどうこうなるモンじゃねぇんだよ。『捕らえる』なんて甘っちょろい。アンタらはもう綺麗事を遂行し続けられる段階には、いねぇんだよ。」


 これが、確固として勧善懲悪を守り続けてきた者たちの一貫した光が濁る瞬間だった。


 


 


 


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