傍受した思考 #1
「どうして殺したのだ」
ボスが私に問いかける。
私は答える。
「殺すしかなかったからです」
だって、やつらは非殺傷装備で無力化できるほど甘くない。
身体の殆どを機械化している連中だから、足の一本や二本もいだところで、逃げられるに決まっている。それは今までの戦闘で明らかだ。
やつらは安物のゴム製人工皮膚を使っているからスタンロッドも通用しない。
そもそも、そんな生半可なものは簡単に真っ二つにされる。
「しかし、私は生け捕りを命じたはずだが?」
ボスは再び問いかける。
私は答える。
「やつらの三分の一を削れたのです。それ以上の戦果がありますか?」
私はボスからの通信を切る。
私は、ある三人のテロリスト集団を捕らえる、という任務を課されている。
その三人のデータは少ない。それぞれの素性はもちろん、名前、目的などが謎に包まれている。
それらを可能な限り収集することも私の任務に含まれているわけだが、前述した通りの理由で捕縛はほぼ不可能と言って良いだろう。
よって、戦力を削りやつらの行動範囲を減らす方向にシフトした。
やつらが捕らえられ、情報を抜かれたあとはどっちみち処分されるのだろうから、対峙した瞬間に処分してしまった方が効率的だと、私は考えた。
しかし、二人組であったのにもう一人を逃したのは致命的なミスだ。
現在別動隊が追っているらしいが、所詮やつら以外の改造人間の戦闘能力などたかが知れている。返り討ちに遭うだろう。
私の仕留めた一人は戦闘員ではなかったらしく、中に入れられた機械は調査能力に特化したものだった。こいつを解剖しても、やつらの戦闘能力の高さの解明には繋がらないだろう、と思いながらも、死体を担ぎ、アジトへと向かう。
ボスはかんかんだし、私の装備も消耗が激しいから、補給を受けるついでに報告しにいこう。
人気の無い路地には、激しい戦闘跡が残されている。地面は焦げ付き、古くなった水道パイプが綺麗に切断されている。
やつの使っていた日本刀がアスファルトに打ち捨てられている。
やつらは全員、体内に日本刀を隠し持っており、どんな状況からでも即座に構え、戦闘状態に移行する。
ただ鉄の塊を振り回しているにも関わらず、やつらの実力は最新特殊装備で武装した私と互角だ。それが分からない。
刀を拾いあげ、担いだ死体に刺して鞘代わりにする。
アジトの外見はこの地域で一般的なマンションと変わりない。
エレベーターが自動的に開く。
エレベーターからは数人の武装警察隊員が出てくる。
しかし、こいつらは偽物だ。
大規模な武装集団がそのままのチンピラ面で町を闊歩していれば、一般市民から不審な目で見られる。
当然、本職の人間から見れば偽物に違いないのだが、一般市民は違和感さえ感じなければ偽物でも不信感を抱かれない。気がする。
ただのカモフラージュだ。そんなに深く考える必要はない。
偽物どもが走り去り、本物たる私がエレベーターに乗る。
エレベーターは地下に降りていく。
地下三階、ボスの部屋だ。
エレベーターの扉が開き、高級感のある木製の扉が現れる。
一歩踏み出し、扉をノックする。
「誰だ?」
内側からボスの低い声がする。
「あー、警察の者ですが、ボスの部屋はこちらでしょうか?」
「ふざけるな
ボスは声を荒げた。
私は扉を開け、中に死体を投げ入れる。
「ほら、例のやつを生け捕りしてきましたよ。ボス、世の中には生も死もないって仏教も言ってますよ」
「宗教はやめろ。人殺しには似合わん」
ボスは私の目をじっと見つめ、指を震わす。
「で、なにをしに来たんだ?私はお前に用はない。用があるのは技術部の連中だろう」
彼は鬱陶しげに尋ねる。
私は答える。
「ボスが呼び出したんじゃないでしたっけ?…………いや、気のせいか。こいつは失礼しました」
私は死体をまた担ぎ上げ、部屋を出てエレベーターに乗り、一階分上昇する。
そこは技術部の研究室だ。
私の装備の改良、修繕はこいつらが担当している。忌まわしい連中だ。
「おーい、私だ。面白いもん持ってきたよ」
白衣の連中がわらわらと寄って来て、死体を運び去る。
「おい、おい。まずは私の装備を優先してくれないか?」
白衣の連中の中の誰かが丸椅子を指さす。
「そちらでお待ちください。あなた、まだ装備外してないでしょう。そのままだと修理できませんよ」
私は指示通り椅子に座り、装備を外しにかかった。
ヘルメットを脱ぎ、義足を外して近くの台の上に置く。ついでにやつから奪った日本刀も台に。
義手は信号を送って強制的に外した。片方を外すと片方を外すのが面倒になるからだ。
眼鏡をかけた白衣の男が義手を検査装置にかける。
「ちょっと、日本刀なんて置かないでくださいよ。私たちでは点検できませんよ」
もう一人の男が台を整理しながら言う。
おっかなびっくりといった様子だ。
「なんとかしてくれよ。仕事だろう?」
私は、日本刀が使いたくてたまらなかった。
頑丈で、リーチが長く、切れ味も高い。
しかし、研究員どもは渋い顔のままだ。
そりゃ当然だ。
「じゃあさ、高機能な鞘とか作ってくれよ。それくらいできるだろ」
私は折衷案を出した。
白衣の男は頷いた。
「まあ、やるだけやってみましょう。しかし、刃物ならあなたの装備にもあるでしょう?ほら、あの高振動ナイフとか」
「バカ、あれじゃリーチが足んないし起動するとうるさくってたまらないんだよ」
まあ、生け捕りの任務ならそれくらいで間に合うもんだが、今後はより殺傷力の高いものが必要になるから。なにしろ、やつらを全員ぶっ殺すんだから。
検査装置が通知音を立てる。
メンテナンスが必要な個所がモニターに表示され、白衣の男たちが部品を引き出したり、義手の分解を始めたりと忙しくなる。
続いて義足も点検装置にかけられる。
義手の時とは当然規格が違うから、装置を再調整して点検を開始する。
私はこの風景が好きだ。
私自身は文字通り指一本たりとも動かせず、ただ目の前の風景だけが変化していく。
そして、その流れる風景に映る人間の全てが、私の四肢のために働いているのだ。
これ以上愉快な光景があるだろうか?
「点検、修理にもう少し時間がかかりそうですが、今の内に何か食事でも運ばせましょうか?」
気のよさそうな男が一人、私に話しかけてくる。
私は答える。
「ミルクくれよ。できれば動物性の」
久しく植物性のミルクしか飲んでいない。
いつ出動要請がかかる分からないから、私は基本的にすぐに食べられる栄養食を好むのだが、唯一と言って良い嗜好品がミルクだ。
栄養食をミルクでほぐして食べるのも良いが、大体はパックから直接飲む。
植物性のミルクはまずい。
ただ、少し昔と比べると動物性ミルクの値段は上がり続けていて、植物性のものの十倍はする。環境活動ってのも困りものだ。
「恐らく無理ですよ、牛乳は。今は売っている店の方が少ないんですから」
研究員は残念そうに言う。
「そりゃあ仕方ないけどさ、私のために取り寄せてストックしておくくらいはいいんじゃないの?」
そうだ。私の専用冷蔵庫があっても良い。
ミルクをいっぱいに詰めて、いつでも飲むことができるようにしたい。
「いやいや、なにをおっしゃるんです。ボスを怒らせる達人様にそんな待遇、許されるわけないでしょう?」
「そりゃそうだ。じゃあいつも通り、栄養ブロックとミルクを頼むよ。植物性でいいから」
私は彼に微笑みかけた。
人には人の役割ってやつがある。私はなんかを捕らえるよりもぶっ壊す方が得意なんだから仕方ない。
それで、彼が私のためにボスに歯向かえないのも仕方ない。それもたかがミルクのために。
で、ボスはボスで…………まあ、なんかやってるだろうから、私にキレるのも仕方ない。
仕方ない、仕方ないとぼんやり堂々巡りをしていると、眠気が襲ってくる。
私は神経が高ぶっているか、そうでなければ眠る寸前まで落ち着いてしまう。
診断によると、脳に埋められたチップのせいらしい。
親に埋められたそれは粗悪品で、それに手術も適切とは言えない。
その結果として、自律神経の調子が悪いとかなんとか…………
まあ、これも人の役割ってやつで、私には向かない。
私にできるのはぶっ壊すことだけで…………
「どうも、食事ですよ」
白衣の男の中では一際若く見える男が、台の上に皿に載せられた栄養ブロックとパックのミルクをトレーで運んできた。
「悪いけどさ、スペアの義手とってくれない?」
彼は天井から垂れ下がった、粗末な義手を私に装着しペアリングを行った。
反応速度は悪いが、日常を送るには困らない。
しかし、残念なことに右腕しかない。
私は彼に礼を言った。
栄養ブロックを手でつかみ、口に放り込む。
ぼそぼそとしていて食感はあまり良くないが、味はそこまで悪くない。うすぼんやりと果実の香りがし、優しい甘さと程よい塩味が口に広がる。
口いっぱいにほおばり、ミルクで一気に流し込む。
私の好きなミルクとは確実に別の味だが、まあいいやと思える。
その内美味い方も飲めるだろうし、そうなったら今のことなんて忘れてしまうだろう。
私は忘れっぽいのだ、いい方向で。
食事は二分ほどで終わった。
まだ修理は終わら無さそうだったので、私は目を閉じることにした。
風景を眺めるのは確かに楽しいが、ずっとやっていられるわけでもない。
そういえば、私の脳内のチップはこんな下らない思考も逐一報告しているのだろうか?
実に無駄だと、ふと思った。
もし私が誰かを裏切るとなればその人に直接言うだろう。
それに、私は御覧の通りメンテナンスを受けないと長くは保たない。
当然、別の義肢に換装すれば問題ないだろうが、今の装備を気に入っているから、あれ以外でどこかに行こうなんて気はさらさらない。
まあ、これも仕方のないことか。チップにもチップの役割があるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます