第36話 金子透の章 その14

─火曜日

 学校が終わり、病院に向かう準備をする。

 学校で孝幸達に応援された。さすがに二人とも心配しすぎだと思ったけど、今日もお姉さんに会えるとは限らないし、応援してくれた事は嬉しかった。


◇◇◇


 父さんの病室に着いた。なんだかあっという間についた来た気がする。ノックをして病室に入る。


「よお、透。よく来たな!」


 父さんが元気そうな声でそう言って、ニカッと笑う。


「父さん、様子はどう?」


 荷物を降ろして、パイプ椅子に座りながら聞いてみた。

 聞く必要はなかった気がするけど、話したいこともあるだろうと思って、一応聞いてみた。


「ん? ああ特に痛みもないしな、もう家に帰っても良さそうな気がするけどな。あー、母さんの料理が食べたいなぁ。病院の飯は味が薄くてなあ」


「ははは。それ、この前も言ってたよ」


「あれ、そうだったか? あっ、担当のナースの姉ちゃんが美人でなぁ」


「それもこの前聞いた」


「おお、そうか。じゃあ…そういえば、孝幸達は元気か?」


 父さんから二人の話が出るのは珍しい。まあ、あまり僕が父さんに学校の話をしたりしないからだろうけど。


 なんで父さんが孝幸達を知ってるかというと、僕と孝幸とひろしの父さん達は同級生で、昔から仲が良かったらしい。それで父さん達が三人で会おうって話になった時に、せっかくだからと僕達を連れて会ったからだ。僕達が小学生の時は、父さん達がよく遊園地とか釣りとかの遊びに連れていってくれていたけど、中学になって僕達だけで遊ぶようになったから、父さん達は父さん達だけで会うようになっていたみたいだし、それで聞いてきたんだと思う。


「元気だよ。ああ、でも、ひろしは夜更かしばっかりしてる」


「そうか。無理しないように言ってやれ。若い内に遊ぶのも良いが、勉強もしっかりしないとだからな。もちろん、お前もだぞ」


「わかってるよ。それに、ひろしにはいつも言ってるんだ。ちゃんと寝ないとって」


「そうかそうか。そりゃだめだな。はっはっは!」


「父さん、静かにして」


 やっぱり、父さんの笑い声はうるさい。



 売店でコーヒーを買って父さんに渡した後、またバス停にやってきた。来てしまった。

 父さんのところにいたのは30分くらいなので、先週の水曜日にお姉さんがここに来た時間よりもずっと早い。次のバスに乗るつもりだと、今日は会えないまま帰ることになってしまう。そもそも、今日もお姉さんがいるとは限らないけど、それでもそのまま帰らなかったら会えたってなるのが嫌なので残ることにした。


 30分くらいしてバス停にバスがやってきた。バスが来るまでの間に数人がここに来ていたので、そのバスに乗っていったのだが、その時の僕を見る視線が不思議そうな視線だったのを覚えている。わざわざバス停にいるにも関わらず、バスが来たのにそれに乗らないのだから、そんな顔をするのは当たり前だと思う。待っている間は、お姉さんに会えるかどうかのドキドキと他の人からの視線でのドキドキでおかしくなりそうだった。


 そして、僕はそんな事をあと三回繰り返し、この前の時間のバスの次の時間のまで待ったのだ。

 自分でもなにやってんだろうって思ってしまうほどだったけど、その間眠ったりはしていないから、お姉さんが来たなら気づけているはずなのに来ないということは、今日はお姉さんはいないらしい。とんだ待ちぼうけだけど、会えないなら会えないで良いんだ。ってなるのが嫌だったんだから。


 さすがにこの後にお姉さんは来ないと思うので、次ので帰ろうと思ってスマホで時間を確認する。次のバスまで50分だ。長い。スマホをしまい、すっかり暗くなった外を見ていると、足音が聞こえてきた。

 まさか! と思って聞こえてきた方の視線を向けると、お姉さん…柊木さんだった。この前より涼しそうな格好で、花柄のシャツに緑色のスカートを身に付けている。あまり、というか、まだ二回しか会ってない人なのに、なんだか新鮮に感じる服装でちょっとドキドキした。


「三日ぶりですね、柊木さん」


 ドキドキしながら、お姉…柊木さんに話しかけてみた。


「三日ぶりだね! 透くん。元気だった?」


「はい。おね…柊木さんも元気そうで何よりです。そういえば、この前聞こうと思ってたことがあって…」


「うん? 何かな~?」


 ずっと気になっていた事について、遂に聞くことにした。


「あの…、先週、初めて会った時に柊木さんと雨宿りについて話したんですけど、覚えてますか?」


「あ~、あのもう言わないのかどうか聞いたやつだよね~。 それがどうかしたの?」


「あの、うまく言えないんですけど、なんで雨宿りなんて言ったんですか?」


「えっ? なんでって…」


「だから、その…、僕が細かいだけだったら申し訳ないんですけど、休憩とかもっと言い方があったと思うんですよ。知っての通り、この街って雨が止むことってほとんどないじゃないですか。ニュースにもなるくらい、先週の土曜日が異常だっただけで。だから、なんで宿なのかなって」


 お姉さんは悩んでいるというか、困ったような顔をしている。いや、僕がさせた。ずっと聞きたかったことだから、何を言われても受け止めるつもりだ。そう、思っているはずだ。


「…えっとね、その、昔にした約束なの。」


「え?」


「小さい時にね、雨が止んで虹が出た時に、その虹の足元には宝物があるって聞いたことがあって、それを友達に話したことがあるの。そしたらね、その友達がそんな事あるはずがないって言ってきたの。酷いでしょ?」


「まあ、そうですね…」


 小さい時の話だから、別にそういう話を信じてたっておかしくはないと思う。その友達の人に対しても、そんなきっぱり否定しなくてもとか今なら思うけど、小さい時は嘘がつけないというか純粋故に残酷だから、否定されてしまった話…ってことなのだろうか。


「それでね、私が『絶対ある』って、『私が見つけるもん』って言ってね。友達が『そんなに言うなら、一緒に探そう』って言ってくれて、約束したの。絶対に見つけようねって」


「はあ…、なるほど?」


「だから、雨が晴れて虹がかからないかなって、虹が消える前に足元に行って宝物を見つけられないかなって、そう思って『雨宿り』なんて言ってるの。こんな歳になってもね、まだ信じてるんだ。大事なものが見つからないかなって。子供っぽいでしょ? 笑って良いよ」


「いや…、そんな事は、しませんよ。素敵だと思います。そうやって、小さい時の事を信じられるのって」


「本当? ありがとう、透くん」


 お姉さんが寂しそうな顔をして笑いかけてくる。どうしてそんなに寂しそうなのかは分からなかったけど、何かそんな顔をするような事があったんだろうなって、さすがに僕でも分かった。だから結局、それ以上は何か聞いたりとかは出来なかった。


 そして、そんなお姉さんの様子を見て、不謹慎かもしれないけどやっぱり綺麗な人だなって思ったんだ。

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