第29話 千堂香織の章 その11

ー会長はやっぱり泣きそうな声をしていた。

 私はそれ以上…、何も言えなかったので、会長が何か言うのを待った。


「…あの、千堂さん」


「…はい?」


「ありがとう。こんなに丁寧に断ってもらえるとは思ってなかったから」


「そう…ですか」


「うん…。」


 会長の顔が見れない。きっと泣きそうな顔をしているだろうから。


「それで、提案なんだけど…」


「はい?」


「もしよかったら、三ヶ月、いや、一ヶ月で良いから、お試しで交際をしてくれないかな?」


「…は?」


 失礼なのは分かっているけど、思わずそんな返事になってしまった。いやいやいや、今までのなんかロマンチックな感じの雰囲気が全て壊れてしまった。そこは、もっとこう…、大人しく引くのが会長らしいというか…。会長の今までのかっこいいイメージも壊れてしまった。


「こんなに誠実に断られたら、ますます好きになってしまうじゃないか!」


「いや、さっき、どんな返事でも受け止めるって言ってたじゃないですか!」


「確かにそのつもりだったんだ。でも、諦められなくなってしまった!」


「えぇ…」


 私も会長も本当に何を言ってるんだろう。というか、なんなんだろうこの状況は。いや、告白されたところから充分おかしかったんだから、今さら聞くのはおかしいんだけど。まさか、どんな返事でも受け止めるって言われて断ったら、諦められないなんて言われるなんて思わなかった。思ってなかった!


「それで内容なんだけど…」


「まだ私、受けるとも断るとも言ってないんですが…」


「まあまあ。それで内容なんだけど、私と一ヶ月付き合ってもらって、それでも好きになってもらえなかったなら、今度こそちゃんと諦める。もう君に、今みたいな無理を言ったりはしない」


「…本当ですか?」


「ああ。今度こそ、本当に、諦める。約束しよう」


「ちなみになんですけど…、断ったら?」


「そう…だな。ことあるごとに君に告白するだろうね。」


「えっ!?」


「当たり前だろう?、…なんて言いたくなるくらいには諦められないんだ。だから私は、人目もはばからず、場所もわきまえず、君に告白するだろうね。君に迷惑がかからないようにと思って、周りにばれないようにしていたけど別に、私が君のことを好きだと周りに知られても何も問題はないからね。むしろ、それで手伝ってもらえた方が私としてはありがたいしね。でも、君はどうかな?」


「脅し…ですか?」


「さあ…、どうだろうね?」


 会長は悪い笑い方をしている。でも、いたずらっぽく笑っているように見えるのは、私の目が悪いのか、もしくは気が動転しているからなのか。というかこんなの、ほぼ脅迫みたいなものだ。断ること自体は今すぐ出来るけど、それによって会長のファンの人達に目の敵にされるよりは、受けて一ヶ月耐えた方が楽なのは分かっているけど、それでも抵抗はある。はい、分かりましたで受けて良いものじゃない。じゃないけど、どちらか選ばないといけないのだから、ましな方を選ぶしかない。


「確認なんですけど、その提案を受けて、一ヶ月後に私の気持ちが変わってなかったら、本当に諦めてくれるんですね?」


「ああ。約束する!」


「…分かりました。お受けします」


「本当かい!? やった! 私に出来る限りの事をして、君に私の事を好きにさせてみせる

 から、楽しみにしててくれ!」


「私は、絶対にそんな事になるつもりはないので!」


「そんな事を言われると、ますます燃えてきてしまうじゃないか。絶対に君を私の虜にしてみせる!」


 そんな熱い(?)言い争いを繰り広げ続けた。

 なんだか、改めて凄いことになってしまった。条件付きで、渋々とはいえ、私は会長からの告白を受けてしまったのだから。これからどうなるんだろうか。平穏に終わって欲しいけど…、そんな事無いんだろうなぁ。

 不思議と、悪い気分がしていない自分が少し嫌だった。

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