第28話 千堂香織の章 その10
少しだけ世界の時間が止まった気がした。もちろん勘違いで、壁の時計の針の音で意識が戻ってくる。勢いで返事をしてしまったけど、何を言われたのか分からず、思わず聞き返してしまった。
「えっと…、もう一回言ってもらってもいいですか? 何を言ってるのか全く分からなかったので…」
「…君は、意地悪だね…かなり勇気を出して言ったのだけど…。まあ良い。もう一回だね? ちょっと待って欲しい、落ち着くから」
そう言って、会長は深呼吸をし始めた。
なんだか、さっき会長から告白された気がする。きっと昨日の疲れが残ってるんだ。疲れてるから、会長の言ったことが私への告白に聞こえたんだ。そうに違いない。それにしても告白に聞こえてしまうなんて、私は本当にどうしたんだろう。沙絵ちゃんの事を考えすぎなのだろうか。沙絵ちゃんから告白してくれないかな、なんて思っていたのだろうか。それで会長に沙絵ちゃんを重ねてしまって、こんなことになったのかな。それじゃあ、これも疲れのせいか。
聞き間違いではあるけど、告白されたように聞こえてしまったので少し取り乱している。考えがまとまらない。
会長の深呼吸が終わって、咳払いをしている。どうやら落ち着いたらしい。いや、顔が少し赤いので、ちゃんとは落ち着いてなさそうだ。
「それじゃあ、改めて…私の特別な人に、なってはもらえないだろうか?」
「えっ? あっ? えぇ!?」
もう一回言ってもらったけど、すぐに理解が出来なかった。特別な…人? 私が? 会長の!?
会長の顔が茹でダコみたいに真っ赤になっていた。どうやらというか、やっぱりというか、聞き間違いではなかったらしい。聞き間違いであって欲しかった。
「…ふぅ。ちゃんと、もう一回言ったが理解してもらえただろうか」
「えっと…、その…」
「まさか、更に『もう一回…』なんて言わないでくれよ。これ以上は、本当に…恥ずかしい…」
なんて答えるべきか分からず、会長の顔を改めて見る。恥ずかしそうに赤くしているけど、やっぱり綺麗な顔をしている。どこかで見たことのある、恋をしている乙女な顔だ。そして、その顔を向けられているのは私だ。私なのだ。なぜ? どうして私に? そんな質問が沸いてきては、泡みたいに消えていって、そんな事を繰り返している。
「あ、あの…、それってつまり、私のことが、…す、好きってことですか?」
「ああ、そうだ」
「同性とか、後輩とか、友達とかとしてではなく、…恋愛対象として?」
「ああ」
「本当の、本当に、…勘違いとかではなく?」
「ああ。…君は、やたらと確認をしてくるね? そんなに確認をしないと信じられないかな。…頬にキスでもすれば、信じてくれるかい?」
冗談めかして、そんな事を言ってくる。冗談めかして言って良いことではないと思う。
「そういうことじゃなくて、あの、その…」
「…まあ、急な告白になってしまって悪いと思っている。同性からの告白だからね、分かってはいたけど驚いているみたいだしね。返事を急かすつもりはないから、よく考えてからで良いから、…何かしら返事をしてくれると嬉しい。どんな返事でも…、きちんと受け止めるつもりだ。もちろん、受けてくれるのが一番嬉しいけどね」
会長はなんだか、言いきった事によるスッキリした感じと、断られるのを分かっているとでも言うかのような悲しそうな感じの両方が混ざったような顔をしている。
もちろん、私はこの告白を受けるつもりはない。でも、そんな顔をされると、なんとも言えない感じになる。これはきっと、同情だと思う。同性に告白なんて断られるって分かっているから、自分の好きっていう気持ちが相手と同じ意味じゃないって分かっているからこそのものなんだ。
それでも、分かっていても、やっぱり私はこの告白を断らなければならない。同情して、告白を受けて付き合っても虚しいだけだから。未練を断ち切るなんて難しいかもしれないけど、それでも断られたって事実が、時間と共にその気持ちを薄れさせてくれるはずだから。だから、私は…。
会長の顔を見て喋り始める。
「すみません、会長。私はこの告白は受けられません」
「…何でなのか、理由を聞いてもいいかな?」
「確かに会長は、お綺麗ですし、かっこよくて、頭もよくて、運動も出来て、人柄もよくて、実家もお金持ちですし、正直に言えば…、断る理由なんて全くないでしょうね」
「………」
「それでも断るのは………。会長にとっての私が、一番特別な人だと思ってもらえるのはとても嬉しいです。これは…、紛れもなく本心です。でも、私にとっての一番は会長ではないんです。」
「………」
「会長、さっき言ってましたよね。『人生で人を愛するのは一度きりで良い』って。否定も肯定も…いや、肯定はしたいんですけどね。これってつまり、一番特別な人が出来るのは一度きりで良いってことですよね? …私にも、好きな人がいます。でも、この想いは私の心に留めておこうって、そう思ってます」
「…どうして? 伝えないと後悔するんじゃないのかい?」
会長の声が少し震えている。泣きそうなのをこらえているのだと思う。
「そうですね。きっと…、後悔すると思います。それでも、伝えずに後悔するよりも、伝えて関係が壊れてしまう後悔の方が大きいと思うんです」
「………」
「…えっと、だから………例え、私と会長が付き合ってみたとしても、私にとっての特別にはなっても、変わらないと思います。私にとっての会長が、私の一番特別な人になることは、多分ないと思います。私の中で、諦めがつかないから」
「………」
「私にとっての、一度きりの一番特別も、会長じゃありません。」
「………」
「私は、会長のその想いに答えられるような存在じゃないんです」
「………」
「なので、私は会長の告白を受けることはできません」
「そうか…、残念だ…」
会長はやっぱり泣きそうな声をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます