第27話 千堂香織の章 その9

 断る理由はなかった。


 購買の近くの自販機に向かう。外はまだ少し明るく、部活の声も聞こえてくる。

 自販機のところに着いた。会長が500円を入れた。


「それじゃあ、好きなのをどうぞ」


「ありがとうございます」


 そう言って、私はオレンジジュースのボタンを押した。出てきたのを取り出すとひんやりとしていて、思わず頬っぺたにくっつけた。少しだけ涼しくなった気がする。会長はコーヒーを買っていた。


「立ち飲みって訳にもいかないし、戻ろうか。荷物もあそこだしね」


「はい」


 生徒会室に戻って、椅子に座った。早速一口頂いた。少しぬるくなってしまったが美味しい。疲れた体に染み渡る感じがする。


「これで、仕事は終わり…ですよね?」


 一応、確認してみた。会長は口からコーヒーを離し何やら考え込んだが、すぐに返事が帰って来た。


「うん。これで終わりなはずだから帰ってもらって大丈夫かな。お疲れさま、ありがとう」


「はい、分かりました!」


 そう聞いて、荷物をまとめ帰ろうとした。


「あっ! ま、待って!」


 会長が慌てた様子で止めてきた。


「ど、どうしました?」


 まさか…、まだ仕事があったのかな。そうだったら嫌だけど、聞かないわけにはいかないため恐る恐る聞いてみた。


「あの、千堂さんは恋愛についてどう思う?」


 私の不安とは裏腹に、会長はそんなことを聞いてきた。もしかして、恋愛相談? このタイミングで?


「えっと、どうって言われても…」


 なんて答えるべきなのだろうか。そもそも何で会長は私にこんなことを聞いてくるのか。…まさか、会長は私が沙絵ちゃんの事を好きなのを知っているとか? いや、沙絵ちゃんだと分かっているとは思えないけど、女の子が好きだとばれていたとか? …いや、そんなはずは…。気づかない内に、沙絵ちゃんが彼を見ている時の好きなのがバレバレな様子で、私も沙絵ちゃんを見てしまっていたのだろうか。そんな事はない、とは否定できないのが悔しい。

 落ち着いて考えてみよう。もし、その事がばれていないとして、会長が私にそんな事を聞いてくる理由は……、会長にも好きな人ができた…とかなのかな? さっぱり分からない。


「私はね、人生で人を愛するのは一度きりで良いと思っているんだ」


「は、はあ…」


 会長がなんだかすごくロマンチックな事を言い始めた。すごく良いことを言ってるとは思うけど、私にそれを言ってどうなるのか。


「それでだね…」


「はい?」


 会長が恥ずかしそうにもじもじしている。いつもは堂々としていてカッコいい人が、こんなに恥ずかしそうな乙女な顔をしているのを見るとなんだかこちらまで恥ずかしくなってくる。そして、いつも以上に綺麗な顔をしている気がする。…ではなくて! 恥ずかしくなるのは分かるけど、そもそもの相談相手を間違えていると思う。それこそ、仲が良い青山先輩に相談するとかした方が良いだろうし…。そこまで考えて思ったのが、なぜ私にそんな事を相談するのか。いや、さっきから思ってはいたことではあるけど、その理由の話だ。仲が良いとはいえ、恥ずかしくて喋れないのは分かるが、それでも青山先輩の方が私より会長の事を知っているはずだし、的確なアドバイスだってくれるのではないだろうか。

 だというのに青山先輩と話せば良いのに話せないこと、それは…、会長が青山先輩を好き…なのだろう。そうとしか思えない。本人にその事を相談してしまうと、ばれる可能性だってある。ばれてしまって疎遠ぎみになってしまうのは一番問題だろう。私だって、それで沙絵ちゃんに告白出来ずにいるわけだし。そういう相談を私にしようと、会長はしているのだろう。もちろん、恋愛経験の無い私に、そんな事を相談されてもアドバイスなど出来ようはずがない。でも、話を聞いてあげることだけならば私にだって出来る。さあ、その思いの丈を私にぶつけてください、会長!


「その…」


「はい!」


「私の…特別な人になってはもらえないだろうか?」


「はい!………………はい?」

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