第26話 千堂香織の章 その8

 なんとか日曜日を抜け、月曜日になった。

 いつも通り、早めに学校に来た。もう7月になったので、雨が降っていても関係なく朝から蒸し暑い。いや、雨が降っているから蒸し暑いのかもしれないけど。クーラーをつけておこうと、教室の入口の扉のところにあるスイッチを押すために近づいていったら、会長が外にいて声をかけられた。


「やあ、千堂さん。随分と早く登校しているね」


「会長こそ…早いですね」


「まあ、いろいろとやらないといけないからね」


「大変なんですね、生徒会長って」


 分かってはいたけど改めて思った。こんな早くに来て、仕事をしないといけないんだから。その上、お嬢様として習い事をしたりもしているというのだから本当にすごい。恵まれた環境ゆえの苦悩…というものだと思う。


「ははっ、まあ、信頼されて任されていることだからね、裏切ったりはできないよ」


「そうですけど…。…私に何か手伝えることはありませんか?」


 笑顔でそう答える会長。でも、やっぱり少し疲れが見える。人の心配をしているべきかは分からないけど、心配になったのでそう聞いてみた。


「手伝ってくれるのかい? それじゃあ…、書類の整理の手伝いをしてもらおうかな。たくさんあって、混ざってしまってね。どれがどれか分からなくなってしまったから」


「はい、分かりました」


「それじゃあ、生徒会室に行こうか」


 二人で生徒会室に向かって歩いているときも、校内は静かだった。あと30分もすればいつもの騒がしさのある学校になるというのに、なんだかこの世界には私と会長の二人しかいないんじゃないかと、錯覚しそうなくらいに静かだった。


「じゃあ、これを種類別に分けて欲しいな」


「はい」


 生徒会室に入って最初に目にしたのは、机にいくつもファイルが並べられている状態で、渡された資料はそのほんの一部だ。確かにこれだけあると大変だと思う。


 校内が大分賑やかになってきた頃、資料の半分ほどの整理が終わった。文字を見すぎて少し目が痛い。小説ならいくら読んでも痛くならないのに、不思議だ。


「千堂さんのおかげで作業が大分楽だったよ。一端切り上げて戻ろうか」


「そうですね、そろそろ時間ですし」


「悪いんだけど、よかったら放課後も手伝ってくれないかな? 楓も呼ぼうとは思っているんだけど、さすがに大変だろうし。ああ、忙しかったら全然良いんだけど」


「分かりました。大丈夫なので、手伝います」


「本当に? ありがとう」


 感謝されてしまったけど、早く家に帰りたくないだけで、感謝されるような理由じゃない。もちろんそんな事を会長に言ったりなんてしないけど。


 会長と別れて、教室に戻った。教室にはもう大体の人が来ていて、沙絵ちゃんもいた。沙絵ちゃんの視線の先はやっぱり彼で、彼はなんだかいつも以上にぼっーとしている。何かあったのかな。


 今日も、いつも通りの授業風景だった。沙絵ちゃんはやっぱり彼を見ていたし、彼はぼっーとしていたと思ったら、三時間目からは急に真面目に授業を受けていたし。そんな様子を見て私は、相変わらずこの気持ちを燻らせていて、まだもやもやしていた。諦めようと思ったはずなのに、また沙絵ちゃんの事を考えてしまう。恋の病とは、まさしくこの事だろう。


 放課後、また生徒会室に向かう。扉を開くと、会長一人だけだった。


「やあ、千堂さん。来てくれてありがとう」


「どうもです、会長。あの、青山先輩はどうされたんですか?」


「ああ、楓は何か用事があるらしくて、帰ってしまったんだ。残念ながら、二人っきりで作業しなければ行けなくなってしまった。申し訳ない」


 それなら、誰か別の人を呼べば良かったんじゃ? と思った。それこそ、会長のファンの人なら喜んで手伝ってくれるだろうし。…でも、私が思いつくような事なら会長だって思いつくだろうし、あえてそうしなかったのは何かしら理由があるはずだからと、何も言わなかった。


「まあ、それならしょうがないですよね。早くやって終わらせちゃいましょう!」


「ああ。それじゃあそこら辺のを頼むよ」


「はい!」


 そのまま二時間くらい作業をしていた。朝の時点で、半分まで終わったと思っていたのだけど、追加でいろいろと出て来てしまったので、余計に時間がかかってしまったのだった。


「これで終わり、っと」


「ふー。やっと終わったね。お疲れさま」


「お疲れさまですー。本当に疲れました」


「悪かったね。まさか、追加で出てくるなんて」


「本当ですよね。先輩方は何をしてたんだか…」


「疲れただろうし、何か飲み物でも奢らせてくれないかな?」


「良いんですか?」


「ああ、ほんのお礼の気持ちだから受け取って欲しい」


「ありがとうございます!」


 休憩もとらずに作業していたので、すっかり喉も乾いている。断る理由はなかった。


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