第22話 金子透の章 その8

ー少し恥ずかしくなった。


 食べ終わって、休みながらいろいろと話した。やれ病院の飯の味付けは薄いとか、担当のナースの姉ちゃんが可愛いだとか…、そんな内容だった。一応、健康のために味付けは薄くしてあるとか、セクハラしちゃ駄目だよとか言っておいた。

 時計に目を向けると3時手前になっていて、結構な時間居たので帰ることにした。


「じゃあ、そろそろ僕帰るよ。次に来るのは…、火曜日かな?」


「おう、分かった。気をつけてな」


「うん。じゃあね、父さん」


 部屋を出て、エレベーターの方に向かう。周りを見ると、来たときより人が減った気がする。まあ、結構時間も経っているし、お見舞いに来た人達が帰っていても当然か。エレベーターに乗り込む。


 そういえば、父さんと話してて思ったのがあのお姉さんはナースさんなのでは? という話だ。…いや、でも、あの時間にナースさんて帰れるものなのかな? 分からないからなんとも言えない。まあ、会えたら聞けば良いか。…その時になって聞けるかな? また、この前みたいになりそうではある。いや、絶対になる気がする。咄嗟に言葉が出てこない…というよりは、変なことを喋っちゃうからなあ。


 エレベーターを降りて、病院の出口に向かう。受付を待っている人達やナースさんを見てみるけど、やっぱりお姉さんは見当たらない。今日はいないのかな。

 病院を出ると、外は来たときよりもさらに雨が弱まっていた。珍しいこともあるものだ。傘をささなくても良さそうだったので、バス停まで早歩きで向かった。


 バス停に着いたけど、ちょうどバスが出発するところだった。まあ、特に焦る必要はないんだけど、目の前で出発されるとなんか悔しい。そして、案の定お姉さんはいなかった。時刻表を見ると、次のバスが大体一時間後だ。

 このまま待ってたら会えたりしないかな、なんて考えてみるけどよくよく考えたら、お姉さんが今日来ているかも分からないし、来ていたとしてもここに来るのかも分からないし、ここに来るとしても今来てくれるとは限らない。改めて考えると見通しが甘すぎたんだ。自分が嫌になる。過度に期待しない方が良いのなんて考えればすぐに分かるのに。いや、分かっていたから考えないようにしていたのかな。どれだけ後悔したところで無駄なのは分かっているけど、後悔せずにはいられなかった。


「僕のバカ…」


 20分くらい落ち込んでいたら、足音が聞こえてきた。お姉さんかも! なんて思って聞こえてきた方向を見たけど、ただの通りすがりの人だった。少しでも期待した僕がバカだった。また別の足音が聞こえてきた。どうせまた通りすがりの人だと思って、期待しないで振り向いた。いや、振り向いている時点で期待している事になる気がしたけど、そんな事はどうでもよくて、僕の視線の先にはあのお姉さんがいた。見間違いかと思って目を擦ってみたけど、見間違いじゃなく本当に本物のお姉さんだった。近づいてくる度に、あの時みたいに心臓の鼓動が速くなるのを感じた。無駄な足掻きな気がしたけど、あくまでも今気づきましたよ、という雰囲気を出すためにすぐに前を向いた。足音が近づいてきて、音が止まった。落ち着いて、聞きたかった事を思い出す。よし。覚悟を決めて、お姉さんの方を向いた。


「あれ、君はこの前の…」


「あ、あなたは、この前のお姉さん! ドウモ、マタアイマシタネ」


 はじめの方は自然に言えていたけど、だんだん緊張で、カタコトになってしまった。


「どうもー、三日ぶり? だね」


 お姉さんが笑って返してくれた。やっぱり綺麗でまぶしい笑顔だ。


「そうですね。ははは…」


 聞きたいことはいろいろあるけど、どう聞けば良いか分からない。もっとこう、フランクというか軽い感じで聞けるような性格なら良かったのに。


「そういえば…、君は高校生なのかな?」


「え? は、はい。そうですけど…どうしてですか?」


 そんな事を考えていたら、お姉さんから話しかけてきてくれた。この前みたいな変な答え方にならなくて良かった。


「いや、なんだか私より若く見えたからそうかなーって」


「な、なるほど。私よりってことは…お姉さんは大学生なんですか?」


「おー、正解! そうだよ。大学2年生なんだ~」


「そうなんですね。どこの大学なんですか?」


「近くの雨間大学だよ。ここら辺の人は大体あそこだろうしね~」


「そ、そうですね…」


 なんだかいろいろと話せている気がする。

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