第19話 千堂香織の章 その6
ー放課後、生徒会室に向かった。部屋には、会長と副会長の青山先輩がいた。
「失礼します。資料を貰いに来ました」
「おや、千堂さん。はい、これだ」
会長が何だか分厚い紙の束を渡してきた。これが全部資料…らしい。
「ありがとうございます」
「内容は予算の内訳とかそんな感じのものだから、あまり関係はないんだけど、一応ね」
「そうなんですね。分かりました」
会長が何やら私の方をじっと見てくる。綺麗な顔をしているので女性とは言え、じっと見られると少し恥ずかしい。
「あの…会長?」
「…うん?」
「私の顔に何かついてますか?」
「いや、そんな事はないよ。いつも通りの綺麗な顔さ」
少し顔が熱くなった気がする。こういう事を素で、しかも複数人に言ってるのだからこの人は恐ろしい。これは勘違いする人がいてもおかしくないと思う。いつか後ろから刺されたりしないことを祈るばかりだ。
「またそんな事言って…、恥ずかしいから止めてください!」
「恥ずかしがってるところも可愛いよ」
「会長…、そういうところですよ…」
「ふふふ…」
青山先輩に笑われてしまった。本当にこの人は…笑ってないで助けて欲しい。会長も会長で、いつも…ではないけどこの感じなのは止めて欲しい。言い出せない私も私だけど。
「それじゃあ、資料も頂いたので失礼します」
「ああ、気をつけてね」
青山先輩は手を振ってくれていた。
教室に戻って、荷物をまとめた。このまま家に帰るのはなんか癪にさわるので、少し寄り道でもしようかな。久しぶりに本屋にでも行こう。母には、参考書を見てきたとでも言えば納得するだろうし。言うが早いか、校門を出て本屋に向かった。
商店街の中の本屋、戸塚書店に着いた。前より錆びが目立つようになってしまっている。中学の時は、お気に入りの作家の本を買いによく通っていたけれど、最近は母が参考書を勝手に買ってきたり、勉強が忙しかったりで全然来れなかった。
中に入ると、本の匂いがした。本屋なのだから当たり前ではあるけど、久しぶりに嗅いで懐かしくなった。
店内の本はあまり変わっていなくて、小説が多めだ。これだけ本があると見ているだけでも楽しい。
足が止まった。教育についての本のコーナーなのだけど、その中に『ハーバード大を主席で卒業させた母が教える、失敗しない!育児のやり方』という胡散臭い本を見つけてしまったからだ。母が読んでいた本の中にこれがあったのを、思い出してしまった。付箋を大量に付けて、何度も読み直していた気がする。失敗作の子供が失敗しないなんて、どうして思えるんだろうか。
毒親に育てられた人は毒親になりやすいらしいという話を聞いたことがある。私の両親も毒親の部類に入るだろうから、もし私に子どもが出来たら、私もあんな感じで接してしまうようになるのかもしれない。嫌な話だ。あれだけ嫌っていたはずの人達と同じ接し方をしてしまうなんて、結局根っこの部分ではあの人達と同じで、嫌でも血の繋がりを感じてしまうということなのだから。
「あのー、あー、えっと確か…香織ちゃんだったか?」
そんな事を考えていると声をかけられた。ここの店長さんだ。なんだか前より縮んだ気がする。いや、私が大きくなったのか。でも、かけている眼鏡は変わっていないみたいで、フレームの塗装が少し剥げている。もうだいぶ年をとっていて、きっと私の事も覚えていないだろうと思っていたので、ビックリした。
「は、はい。香織…です」
「おー、やっぱりか。なんか見たことある雰囲気の後ろ姿だなと思ってよ。えー? 随分久しぶりじゃねえの。見ないうちにべっぴんさんになったんじゃねえの。その制服だともう高校生だっけか?」
「は、はい。お久しぶりです。今は高校二年生です」
「そうか、そうか。まあ、なんだ、ゆっくりしていきな。…そう言えば、えー、なんだったか、あの香織ちゃんの好きだった作家のあい、あい…相坂だったか?」
「藍染、
「おー、それそれ。その人の新刊、まあ、新刊っつても半年くらい前に出たやつだけど、買ってくかい?」
新刊…。そっか、当たり前だけど小説家だから新刊を出すよね。そう言えば、いつから読めてないんだっけ。そもそも、どこまで持ってるんだっけ。店長さんの言う新刊は確実に持っていない。でも、他は? 確か、割と速筆な人だったはずだからもっと出ていると思う。
「はい、買います。あと、それより前に出たやつも見せてもらえますか?」
「おー、ちょっと待ってな。確かあっちの棚にあったはず」
店長さんについていくと、目的の本があった。眼鏡を外して、確認してくれている。
「えっーと、こっちが新しいやつで…、これがその前だな。あとは出た順に並んでっから、欲しいもんあったらレジまで持ってきな」
そう言って、手に持っていた本を渡してきた。
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