第18話 千堂香織の章 その5
沙絵ちゃんが登校してきたんだけど…、なんだかすごく悲しそうというか悩んでいるような顔をしている。昨日は、あんなに元気そうだったのに…。でも、昨日の昼休みから様子がおかしかったし、何かあったんだろうけど…、何があったのかな? 家で何かあったとか? それとも、やっぱり彼の事で何かあったのかな。
「おはよう、沙絵ちゃん。また何か考え事?」
よく見ると目の下が少し赤いので、きっと泣いたのだと思う。沙絵ちゃんが泣くほどの事か…。
「おはよう、香織ちゃん…。うん、そうなんだ」
「そうなんだ。私に出来ることがあったら、何でも言ってね。絶対に力になるから」
「う、うん。ありがとう…」
少し力強く答えすぎたみたいで、沙絵ちゃんは困った様子だった。でも、力になりたいのは伝わっただろうからまあいいか。
「あのー、友達の話なんだけどね」
「うん?…うん?」
こういう悩み事で友達の話をし始める時は、実際は本人の話みたいなパターンが割とあるので、少し返事がおかしくなった。多分沙絵ちゃんの話なんだろうなあ。
「その、私の友達の好きな人が他の女の子と楽しそうに話してるのを聞いちゃって、落ち込んでてさ…」
「そう…なんだ。それで?」
「それでさ、その子が、その二人は付き合ってるんじゃないかって思ってるんだけどさ、香織ちゃんはどう思う?」
「そうだねー、うーん?」
…大方、彼が他の女の子と話ているのを見てしまってショックだったのだろう。まあ、沙絵ちゃんは彼の事を見てばっかりで、自分から話しかけたりする事がほとんどないし、他の子の方が仲良さそうにしてても、特に驚きはないけど…。沙絵ちゃんにとってはよっぽどショックだったのは、容易に想像がつく。
さて、なんて答えてあげるべきか。私としては、彼の事を諦めさせるような事を言いたいところだけど、このまま落ち込んだ沙絵ちゃんを見続ける事になるのは心苦しい。まあ、沙絵ちゃんが彼の事を諦めたところで、私とどうこうなるとかはなくて、また別に好きな人が出来るだけだろうし、せっかくの恋だから応援してあげよう。
「男女の友情はあり得ない、なんて言われる事もあるけど、意外とそんな事もないんじゃないかな。実際問題、その子は二人が話してるところを見ちゃっただけなんでしょ?」
「うん…。そう、聞いてる。」
「付き合ってるってその二人が明言したわけでもないみたいだし、大丈夫じゃないかな?
たまに『付き合ってないの!?』って言われるくらい仲が良い人だっているんだし。」
「ほ、本当に!?」
「う、うん。きっとね。」
「そっか、そうだよね!」
沙絵ちゃんが目に見えて、元気になった。言っておいてあれだけど、これだけで元気になるなら放っておいても大丈夫だったんじゃないかと思ってしまう。まあ、誰かに言ってもらって安心感が欲しかったんだろうけど。
なんだか沙絵ちゃんが1人で盛り上がっている感じなので、あくまでも私は友達の相談を受けたという事を思い出させる事を言った。
「だから、その友達にそう言って、安心させてあげてね。」
「え? あ! そ、そうだね! ありがとう、香織ちゃん!」
「どういたしまして」
さっきの反応は、絶対に忘れていたと思う。安心と呆れが同時にやってきた。
その後の沙絵ちゃんは、いつも通り彼の事を見ていた。そんなに彼の事が好きなら、少しは話しかけたりすれば良いのにって、自分の事を完全に棚に上げて思っていた。私は、私の気持ちを伝える気がないからって。
昼休みに会長が教室に来て、私を呼んだ。クラスの女の子から歓喜の悲鳴があがる。
「やあ、千堂さん。お昼に悪いね」
「いえ、大丈夫です。何か御用ですか?」
「今日の放課後、生徒会室に来てくれるかな? 追加の資料があるから渡したくて」
「分かりました。それじゃあ、放課後に伺います」
「ああ、よろしく頼むね」
そう言って、会長は戻っていった。
この前もそうだけど、どうして毎回、会長自ら来るんだろう。こういうのって同じ学年の他のクラスの人が、言いにくるものだと思うんだけど…。まあ、考えても仕方ないので、お昼を買いにいこう。
いつにも増して、購買には人が多く、泣いている人までいた。なんでだろうと周囲を見たら、たまにしか売られない、すごく美味しいと評判のメロンパンの話が聞こえてきた。
なんでも、今回は3つしか売られなかったみたいで、前回よりも激しい争奪戦だったとか。一回くらいは食べてみたいけど、あの争いに勝てる気がしないので、多分そのメロンパンを拝める日は一生来ないと思う。残っていたおにぎりを買って、教室に戻った。
放課後、生徒会室に向かった。
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