第16話 小此木沙絵の章 その6
ーでも、彼は何故か保健室に向かっていった。彼がけがをしていた様子はなかったし、橋本さんも同じくだ。じゃあ、なんで保健室に? とりあえず、保健室の扉の前で、聞き耳をたててみた。はっきりではないけど、彼の話し声が聞こえてくる。
「毎回毎回、悪いねえ」
「そう思うんなら、無理しないでよ」
彼が呆れたような感じで答えている。話している相手のこの声は…、篠田さん? 確かに保健室に運ばれていたし、彼女がいても何もおかしくない。…というか今、毎回毎回って言った!? ということは、もう何回もこんな感じで会ってるってこと!?
「いやいや、無理してないもん。あの時は、いけるって思ったんだもん」
「いや、だとしても、結局倒れたら意味ないでしょ! …………………………ないんだし」
「大丈夫だって。本当に心配性だねえ」
彼の大きな声が聞こえた。彼があんなに大きな声を出しているところは、あまり見たことがなかった(まあ、今も見てるわけじゃないんだけど)ので少し驚いてしまって、その後の言葉が聞こえなかった。そして、そんな彼とは対称的に彼女は呑気に返している。きっと、もう何回もこんなやり取りをやっているのかもしれない。随分と仲が良い感じだ。
彼とあんなに仲良さげに話せてすごく羨ましい。彼女に失礼かもしれないけど、私も何か病気だったら、彼とあんな感じになれたのかもとか思ってしまった。
「本当に、次は無理しないでよ」
「えー、どうかなあ」
「次倒れたら、もう知らないからね」
「それはもう、何回も聞いたよ。でも、毎回ちゃんと来てくれるんだもん。優しいねえ」
彼女が意地悪そうに言っている。確かに彼は優しい。昨日だって、私を手伝ってくれたし。
「ああもう、本当に! 本当に知らないからね!」
「それにノートだってさ、先生に言ってコピーを取ったのを渡せば良いのに、わざわざいてくれるんだもん」
「…別に、印刷が薄かったりして、文句言われるのが嫌なだけだし」
「ほらあ、やっぱり優しいねえ」
彼のノートを写してるの!? 手渡しってこと!? しかも写し終わるまで一緒にいてあげてるの!? 毎回!? なんだか頭が痛くなってきた。
落ち着いて考えて、いろいろと繋がった気がする。橋本さんは篠田さんと仲が良くて、よく彼女の体調を心配している。だから今日、橋本さんが彼と話していたのは、きっと篠田さんのことについてなのだと思う。そして彼が、彼女が出られない分の授業のノートをとって、彼女に見せるために保健室に来る、と。
今までの状況とさっきの話を合わせたら、こうなる…はず。でもなんで、わざわざ彼に? ノートなら橋本さんに頼んで見せてもらえば良いはずだし…。彼女の様子を彼に言うのはまだ分からないでもないけど、やっぱり彼がここまでする必要があるとは思えない。
「そういえば…、そろそろテストだよね?」
「あー、そうだね。そろそろだね」
「ちょっと勉強ヤバイかも…」
「まあ、これだけ倒れてそのあとの授業、全部出れてないしね」
「透君、勉強教えて?」
「いや、僕も勉強しないとだからちょっと厳しいかな」
「えー、ケチ。ひどいんだよ。私が留年しちゃっても良いの!?」
「いや、良くはないけど…」
「もし私が留年しちゃったら、体育のたびに一つ下の子達を三年生のクラスに向かわせることになるんだよ? それでも良いの!?」
「いや、良くない、それは良くない。うん。…っていうか、どうしてまた倒れる前提で話してるのさ!」
「いやー、なんとなく?」
「なんとなくで、自分の体を危険な目に合わせようとしないで!? 本当に何考えてるのさ!?」
「あははは。本当に、透君と話してるとおもしろいなあ」
「だから、笑い事じゃないって!」
彼が大きな声で、でも心配そうな声で注意するのを、彼女が大笑いしている。
考えたくはないけど…、もしかしたら…、二人は付き合ってるのかな。こんなに仲良く話しているし、彼が優しいのは知ってるけどそれにしても親身になりすぎな気がする。
…いや、でもそれなら教室でも、もっと話をしたりとかしているはず。隠したりしているのだとしても、もっと何か接触があるはず。でも、今までそんな素振りはなかったし、二人は付き合ってない!絶対に付き合ってない!
「分かった、分かった。気を付けるからさ、勉強教えて?」
「はあ、しょうがないなあ。どこ?」
「ここがさあ、難しくって…」
彼が聞かれたところを教え始めた。彼女は楽しそうに聞いている。精いっぱい信じこもうとしたけど、あんなに仲が良さそうな声が聞こえてくると、やっぱり二人は付き合ってるとしか思えない。
二人の楽しそうな声をそのまま1時間くらい聞いていた。
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