第13話 金子透の章 その5

 ー 2,3分ほどして二人が戻ってきた。何を話してたんだろう。


「話は終わったの?」


「ん? んー、まあ一応、な」


 気になるけど、聞かないことにした。それより、さっきの続きの方が気になるし。


「それでさ、さっきの二人が出てく前の、『こ』の続きが聞きたいんだけど…何て言おうとしてたの?」


「え!? あ、ええと、それは…」


 ひろしがあからさまに動揺し始めた。そんなにまずい事を聞いたつもりじゃなかったんだけどなあ。


「透、それはだな……そう!『恋とは限らない』って言おうとしたんだよな! そうだろ! ひろし、な!」


「う、うん! そうだよ!」


 なんだか上ずった声でそう言ってくる。やっぱり、二人とも恥ずかしがっているみたい。友達とこういう話題はあんまりしないものなんだろうし。


「恋とは限らないってどういう事?」


「え? ああ…、ほら、お前の会ったそのお姉さん、すっげぇ綺麗な人だったんだろ? 好きにならなくてもドキドキしたりはするだろうさ」


「そういうものなの?」


「そうそう。俺だって、町で綺麗な人見かけたら、好きじゃなくてもドキドキするし、お近づきになりたいなあ、なんて思うぞ。なあ、ひろし?」


「まあ…、そうだね」


「そっか。そうなんだ」


 なるほど。言われて府に落ちた気がする。これは恋じゃないのか。しかし、そう言われても、やっぱりお姉さんの事を考えてしまう。何とかならないかな。

 そんな態度が出てしまっていたのを、孝幸が感じ取ってくれたみたいで、こんなことを言った。


「まあ、それでも、もやもやするだろうしさ。今度、そのお姉さんに会って、話せる機会があるなら、たくさん喋ってみろ。気になるのは、知らないからだしな。それにそこから、何か発展するかもしれないしな」


 まだまだ納得の行かない部分が多いので、孝幸の言うとおりにしてみようと思った。次、父さんのところに行くのは、ちょうど土曜日だから、たくさん話せるかもしれないし。


 授業の間、会えたときに何を話すかずっと考えていた。会ったら会ったで、全部どこかに行ってしまうかもしれないけど、何もしないよりはずっと良いと思ったし、考えている間は楽しかった。


 昼休みになって、クラスの人に呼ばれた。何で呼ばれたのか、だいたい察しがつくけど一応聞いてみた。


「えっと、何のご用で?」


「あの、久美ちゃんが体育で倒れちゃって…。もちろん、無理しない方が良いって止めたんだけど…、平気だって言うから…。」


「それで、保健室に…ですか?」


 こくこくと頷いた彼女は続けて喋る。


「その、本人が放課後でいいからきて欲しいって。」


「ああ…、分かりました。わざわざありがとうございます。」


 どうやら、また無理をして倒れたらしい。これで何度目だったっけ。仕方ないので、放課後に保健室に行くことにした。


 5、6時間目はしっかりノートを取って、孝幸達のも見せて貰い、抜けがないのを確認した。彼女の荷物を持って、一階の保健室に向かう。扉を開けて、ベットの方へ。


「あっ、来てくれたんだあ。」


 そう言って、彼女 ー 篠田久美 ー がいたずらっぽく笑いかけてくる。荷物とさっきのノートを渡す。


「毎回毎回、悪いねえ」


「そう思うんなら、無理しないでよ。」


「いやいや、無理してないもん。あの時は、いけるって思ったんだもん。」


「いや、だとしても、結局倒れたら意味ないでしょ! …死んじゃうかもしれないんだし。」


「大丈夫だって。本当に心配性だねえ。」


 つい、大きな声が出てしまったのを、彼女は呑気に返してくる。もう何回、このやり取りをやったのか忘れてしまったけど、もっと自分の体に危機意識を持って欲しい。彼女は荷物から自分のノートを取り出し、僕のノートを写し始めた。


 彼女は、詳しくは教えてくれないのでよく分からないけど、何かの病気らしい。今のところ、治る予定はないとかなんとか。それなら、なおさら治せるようになるまで自分の体は大事にしないといけないのに、時たま、体育に参加しては倒れて、保健室に運ばれている。そして、僕が放課後にこうして体育の後のノートを写させてあげている。

 わざわざ僕じゃなくても、それこそ字の綺麗な人の方が良いだろうし、それに僕を呼んだあの人に頼む方が速いのに。そして、写している間、僕は彼女のお喋りに付き合わされる。


「本当に、次は無理しないでよ。」


「えー、どうかなあ。」


「次倒れたら、もう知らないからね。」


「それはもう、何回も聞いたよ。でも、毎回ちゃんと来てくれるんだもん。優しいねえ」


意地悪な顔でそう言われた。こっちの気も知らないで。


「ああもう、本当に! 本当に知らないからね!」


「それにノートだってさ、先生に言ってコピーを取ったのを渡せば良いのに、わざわざいてくれるんだもん。」


「…別に、印刷が薄かったりして、文句言われるのが嫌なだけだし。」


「ほらあ、やっぱり優しいねえ」


これももう、何度もやったやり取りだ。彼女に文句を言うと、こうやってからかわれて、更に文句を言うと、更にからかわれる。別に元気なのが分かるので、これ自体は良いのだけれど、そもそも倒れないように自分の事を考えて欲しい。そして、本当に心配するこっちの身にもなって欲しい。









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