第11話 千堂香織の章 その4

ー10分ほどして、さっきの店員さんが頼んだものを運んできた。メロンの果肉がたくさん載っていて、生クリームとフルーツのソースがかなりかかっている。なんだか宝石のようにキラキラして見えて、すごく美味しそう。沙絵ちゃんと佐々木さんが頼んだものより豪華な感じ。さっそく食べようとしたところ、佐々木さんは写真を撮っていた。さすがだ。


 上にのっているメロンのせいでどこから食べれば良いのか分からない。とりあえずフォークでメロンを口に運ぶ。甘くて香りが良くて美味しい。パンケーキの上のメロンを食べきり、ナイフで切っていく。なんとか切った部分にクリームやソースをたっぷりと付けて頬張る。甘くて、ふわふわで、すごく美味しい。そして、口の中の甘味をコーヒーで流してさっぱりとさせる。コーヒーは酸味も苦味もちょうど良く、香りも良くて、飲みやすい。二人も食べ終わったようで、水を飲みながら休んでいた。ふと気になって、壁の時計を見る。そろそろ帰らないと、お母さんが発狂するかもしれない。でも、せっかくの楽しい雰囲気を壊したくなくて言い出せなかった。


 しばらく休んでから、お会計をして外に出た。まだ何とか間に合いそうだ。傘を開いた。


「美味しかったね!」


 歩きながら、佐々木さんが言う。


「うん。すっごく美味しかった! 次の期間限定が何か、聞いてくれば良かったなぁ。」


 すごく美味しかったのと、雰囲気が良かったので次も行きたい。


 そんなこんなで、いろいろと話をしながら歩いてきた道を戻って、また学校の方まできた。家が反対方向にあるので、ここで佐々木さんとはお別れだ。


「じゃあねー、二人とも」


「バイバーイ」「またね」


 佐々木さんはそう言うと、走って帰っていった。みるみるその背中が小さくなっていった。本当に足が速い。


「じゃあ、私たちも行こっか」


「そうだね」


 私たちも、家の方に歩き出す。


「そういえば、6時限目って何をしたんだっけ?」


 沙絵ちゃんがそんな事を聞いてきた。


「えっ? 地理だけど…覚えてないの?」


「うん。実は、ぼーっとしててよく覚えてないんだ。」


 そうかなと思ってたけど、やっぱりそうだったんだ。


「そうだったんだ。じゃあ課題が出たのも覚えてない?」


「課題って何かあったっけ?」


「ほら、あの地名と特産品をプリントに書いてくるやつだよ」


「あー。あのめんどくさいやつね」


「そうそう」


「出来たら、見せてくれない?」


 沙絵ちゃんが手を合わせて可愛く頼んできた。少し揺らいだけど、沙絵ちゃんのためにならないので否定しておいた。


「だめだよ。ちゃんと自分でやらないと」


「ですよねー。はーい」


 沙絵ちゃんは分かっていた、とでもいう風な態度で返事をしてきた。


 そんな感じで、いろいろと話している内に家に着いた。

 言うまでもないかもしれないけど、私と沙絵ちゃんの家は隣同士だ。小、中学校の時は、沙絵ちゃんの家に呼ばれて遊んだりした。ただ最近は、母からの束縛が前以上に強く勉強が忙しいため、一緒に遊べる頻度が格段に落ちた。でも、今日みたいに学校帰りにどこかに誘ってくれて、一緒に出掛けたりは出来るので、寂しい訳じゃない。私の心の支えだ。


「じゃあねー、香織ちゃん」


「うん。じゃあねー」


 傘を畳み、お互いの家に入った。夢みたいな時間が終わって、地獄に戻ってきてしまった。


 静かに扉を開けて、ばれないように2階に上っていこうと階段に足をかけたところで、母がリビングの扉を開けて、こっちに声をかけてきた。


「あら、香織ちゃん。おかえり。どうしてただいまって言ってくれなかったの?」


「えっとー、それは…」


 最悪だ。またグチグチ何か言われるのだろうか。それで済めばまだ楽だけど、叩いてくるかもしれない。暴力だけで済むならまだましだけど、最悪…。それより先は何が起きるかは考えたくなかった。


「…何か言いなさいよ!」


「た、ただいま。」


「…まあ、良いわ。私の娘なんだからしっかり勉強してちょうだいね。香織ちゃん。」


 気持ち悪い笑顔をこちらに向けながらそう言って、お母さんはリビングに戻っていった。急に怒鳴られたのもあって、足が震えてしまって、すぐに2階に行けなかった。


 2階の自分の部屋に行って、楽な格好に着替える。夕飯の時間まで、また勉強をしなければならない。


 私は、塾などには行ってない。なぜかは分からないけど、母が行かせようとしないからだ。きっと母のトラウマの人が、塾に行ったりしていなかったのだと思う。もしくは、母の読んでいる胡散臭い教育本の影響か。そうじゃなければ、国立の大学を受けるのに塾に行かせないなんて事をするはずがない。


 参考書を開いて、勉強を始める。正直、この環境で受かれるとはとても思えない。それでも受からなければ、私の努力が足りなかったとか言われるのだろうか。わざと落ちたら、諦めてくれたりしないだろうか。合格した後も、私の人生を決めようとするのかな。


 夕飯の時間もいつもと同じように、食べたふりをしてトイレで吐くつもりだったけど、せっかくみんなで食べたパンケーキがもったいなかったから吐かなかった。すぐに2階で勉強を始めて、話しかけられないようにする。聞こえてくる雨の音が、まるで私を嘲笑っているかのように感じる。辛い。誰かに助けて欲しい。…誰かって誰だろう。こんなことを頼めるような人が私にはいるのかな。


 11時30分になったので、眠りにつく。家にいるときに唯一休める時間だ。少しずつ意識が遠のいて行く。どうかこのまま、目が覚めませんように。

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