第10話 千堂香織の章 その3

ー何はともあれ、沙絵ちゃんと久しぶりに一緒に出掛けられるので楽しみだ。


そのあとは、数学、英語、歴史と授業があったけど、楽しみにしすぎたのかあっという間に過ぎて、お昼休みになった。沙絵ちゃんはやっぱりことあるごとに彼を見ていた。


私は購買に向かった。他のお腹を空かせた生徒達がすごい勢いで食べ物を手に取り、買っていく。野生動物の狩りってきっとこんな感じなのだと思う。この勢いに負けじと、一人で商品の受け渡しとお会計を済ませるおばさんは、本当に人間なのか疑わしい。しかも、ずっと笑顔なのが余計に怖さに拍車をかけている。

ほとんどの生徒がいなくなって、人気、不人気に限らずほとんどの商品が無くなった頃に、私は一つだけ残っていたツナと卵のサンドイッチを買った。この後が体育なので、何も食べない方が良いとは思ったけど、朝から何も食べてないので、少しだけ食べられるものならと思ったからだ。


教室に戻ると、沙絵ちゃんは席にいなかった。もう体育館に行ったのだろうか。少し心配になったけど変なことにはならないと思って、自分の席に座った。サンドイッチの包装を開く。片方を手に取り、口に運ぶ。パンがふわふわで、ツナがちょうど良いしょっぱさですごく美味しい。食べ終わり、続けてもう一つも口に運ぶ。卵の優しい甘さとマヨネーズのまろやかさでこっちもすごく美味しい。大げさかもしれないけど、今の私にとっては、たった150円のサンドイッチでも充分ご馳走だ。


食べ終わってゴミを片付けたあと、私はお弁当箱を持って、校舎裏に来ていた。ここはあまり人が通らないし、カラス達が処理してくれるので、お弁当を捨てやすい。お弁当を開き、近くの茂みに中身を捨てる。もったいないけど、食べられるようなものではないので、あまり考えないようにしている。


また教室に戻ると、生徒会長の久保田先輩がいた。こちらに気づいて話しかけてくる。


「やあ、千堂さん。」


「どうもです、会長。何か御用ですか?」


「放課後なんだけど、少しでいいから生徒会室に来てくれるかな?渡しておきたい資料があるんだ。」


「そうなんですね。分かりました。わざわざありがとうございます。」


「いえいえ。それじゃあ放課後に。」


そう言って、会長は去っていった。


会長は、背が高くて顔は中性的、髪はさらさらで黒髪のストレートな女性だ。文武両道、品行方正で財閥の令嬢な頼れる先輩だ。発言や行動がいちいちイケメン(らしい)なので、学校の人(特に女子)から、非常に高い人気を誇っている。いわゆる王子様系女子というやつだ。すごく恵まれた環境で育った人だとは思うけど、あまり羨ましいとは思えない。ああいう環境だと、期待とか妬みとかがすごそうだし。


…と、会長の事を考えている場合じゃない、体育館に行かないと。体操着を持って、体育館に向かった。


更衣室で着替えて、ホールに向かう。 ホールには既に沙絵ちゃんがいた。なんだかぼーっとしている。話しかけても反応がしっかりしていない。


「沙絵ちゃん…、大丈夫?」


「え?うん?大丈夫?」


とても大丈夫とは言えない気がするけど、本人がこういう以上はどうしようもない。

結局体育の間、沙絵ちゃんはどこか遠くを見ていて、意識がちゃんとしていなかった。


そのあとの地理では、ノートを取っていたみたいので、良くなったように見えたんだけど、帰りのHRが終わって声をかけたら、またさっきのようになっていた。まあ、良くなったように見えていただけなんだろうけど。


聞こえているのかよく分からなかったけど、一応声をかけておいた。


「私、生徒会の方に用事があるから先に行っててね。」


「ん?うん。」


本当に大丈夫かな。心配だけど、とりあえず資料を貰いに行かないとなので、生徒会室に向かった。


部屋の扉を開けると、会長がいた。こちらに気づいて声をかけてくる。


「ああ、千堂さん。来てくれたんだね。」


「はい。それで、資料の方は?」


「ああ、これだよ。今度の文化祭のだから、よく目を通しておいて欲しい。」


「分かりました。ありがとうございます。それじゃあ、用事があるので失礼します。」


「うん。気を付けてね。」


生徒会室を後にして、玄関に行く。沙絵ちゃん、ちゃんといるかな?校門に向かうと、佐々木さんはいるけど、案の定沙絵ちゃんはいなかった。


「佐々木さん、沙絵ちゃんはまだ来てないの?」


「うん。てっきり、二人一緒に来るのかと思ってたよ。」


「じゃあ何か聞いたりも、してないよね。じゃあ、まだ教室にいるのかな?」


「そうだねー。迎えに行った方がいいかも?」


「じゃあ、佐々木さんはここで待っててもらっていい?私、行ってくるからさ。」


「分かったよー。…ってあれ、噂をすればあれ沙絵ちゃんじゃない?」


「え?あ、本当だ。」


沙絵ちゃんが走ってこっちに向かってくる。佐々木さんが手を振りながら、


「沙絵ちゃん、遅いよー!」


と言った。


「ごめん!」


沙絵ちゃんが息を切らせながらそう言った。沙絵ちゃんが少し息を整えるのを待ってから、歩き出す。お店の場所の近くには商店街のがあるので、歩いていくたびに周りの人が増えていった。


商店街を抜けて、結構歩くと目的のお店に着いた。そのお店は喫茶店なのだけど、お店にかかっている看板は雨で見えなかった。道路の近くに立っている看板で名前が分かった。『喫茶 ノワール』という名前だった。ブラックコーヒーに自信がありそうな名前だ。ショーケースには、美術の授業で見たことのある置物と古そうな置き時計が飾ってあった。


傘を畳んで、お店に入る。店の中は静かで、ところどころの窓がステンドグラスになっている。近くの席に座る。


メニューを開くと、最初のページにパンケーキが載っていた。よっぽど自信があるみたいだ。パンケーキは、三種類の味のリコッタパンケーキでイチゴ味に、オレンジ味に、ブルーベリー味がある。他の味はないのか見ていたら、端の方にあまり大きくない字で期間限定と書いてある。何で他のと比べて小さく書かれているのか不思議だけど、とりあえず気になったのでこれにすることにした。

店員さんを呼ぶと、出てきたのはモーニングコートを着た髭の生えた男性だった。おじいさんとはいかないまでも、大分歳を召してそうな人だ。執事なんかをしていそう。


「ご注文はお決まりですか?」


優しげな声でそう聞いてきた。


「えっとー、私がオレンジので。あー、あとコーヒーを一つ。沙絵ちゃんは?」


「私は、イチゴ味で。あと、カフェオレを。」


「じゃあ、私は…、この期間限定のやつで、コーヒーをください。」


せっかくなので、お店の名前の由来かもしれないブラックコーヒーも頼んだ。


「確認させて頂きます。イチゴ味、オレンジ味、期間限定のものがそれぞれ一点と、コーヒーが二杯、カフェオレが一杯でお間違いないでしょうか?」


「はーい。」


「かしこまりました。少々お待ち下さい。」


店員さんが、厨房に戻っていった。

改めて、店内を見てみた。照明がシャンデリアだったり、かかっている曲がジャズ系のものだったりして、雰囲気が良い。


10分ほどして、さっきの店員さんが頼んだものを運んできた。

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