第9話 千堂香織の章 その2

ー沙絵ちゃんの好きな彼の席だ。


 沙絵ちゃんはことあるごとに、彼の事を見つめている。いくらなんでも分かりやすくて、彼の事が好きなのはばればれだ。それで、少し意地悪だけど「どうしたの?」と聞くと、頑張って誤魔化してきてすごく可愛い。恋する女の子は可愛くなると言うけれど、本当なんだと思った。

 それと同時に、なんで私じゃないんだろうって思ってしまった。私の方がずっと…、ずっとそばに、ずっと一緒に居たのにって。私からの一方的な感情を、押し付けるべきじゃないのは分かってる。この大事だという気持ちが、本当に恋なのか、ただの依存からくる嫉妬なのか、はっきりさせられてない事も分かってる。分かっているからこそ、はっきりさせるのが怖い。怖いから何もしない、何も…出来ない。今の仲の良い幼馴染という立場に甘えている。この気持ちを伝えたら、沙絵ちゃんは離れていってしまうだろうから。

 もちろん、応援したい気持ちがないわけでもない。どうせ、私の気持ちが叶うことは無いのだから、せめて沙絵ちゃんの幸せな姿くらいは見たい。それくらいは許して欲しい。でも、やっぱり嫉妬してしまうと思う。だから、さっきの行動は八つ当たりの面もあるんだ。私の出来る精一杯の意地悪なんだ。


「おーい。お前ら、時間だぞー。席に着けー」


 朝のHRの時間になったので、担任の池澤先生がそう言って、教室に入ってくる。


「今年も、そろそろ文化祭の準備にとりかかる時期だ。何をやるのか、何が必要なのか、ちゃんと考えとけよー」


 気だるげに先生が言った。確か去年の文化祭は、屋台をやったはず。あまり良いできとは言えなかったけど、みんな盛り上がっていた。そして、沙絵ちゃんはよく彼の方に近づいていっては戻ってを繰り返していた。きっと彼に二人で回ろうと誘おうとしていたんだと思うけど、結局だめだったみたい。今年こそは、誘えるといいね。


「沙絵ちゃん、沙絵ちゃん」


 小さな声で、沙絵ちゃんに話しかけた。


「どうしたの?」


 沙絵ちゃんも、小さく返してくる。


「文化祭、今年は何やるか考えた?」


「ううん。何がいいかなー」


 きっとクラス委員として私が、明日あたりに何をやるのかを、前に出て話し合うことになると思うので、今聞く必要は全く無いけど少しでも話がしたくて聞いてみた。


「お化け屋敷とか、どうかな? 文化祭の定番な感じだし」


「ああ! いいね、それ。他には?」


「他、他かぁ」


「去年もやったけど、また屋台をやるとかかな」


「許可が取れるかわからないけど、それもいいね」


 他にも何かないか聞いたけど、特にないみたいだ。


「文化祭で何をやるかは、明日の化学の時間を使って決めるからな。よく考えとけよー」


 池澤先生が教室から出ていったので、一時間目の準備をする。前を見ると、沙絵ちゃんが右の方を見ていた。視線の先はやっぱり彼で、眠たそうにしていた。


 沙絵ちゃんは中学のころから、何かあれば彼を見ているような感じだった。彼と話せる時は、緊張しているのか冷たい感じの返しだけど、すごく楽しそうにしている。私には向けてくれたことの無い感じ。

 でも、彼の方は沙絵ちゃんからの好意には全く気づいていないみたいだ。沙絵ちゃんと話している時も、特に恥ずかしそうにしたりもなくて、淡々と会話している。

 ずるい。私には見せてくれない笑顔を、彼には向ける。私といっしょにいるときには感じない、沙絵ちゃんのあの嬉しそうな感じを彼は感じている。私は、彼の事が羨ましくて憎い。


 そんな事を思っていると、現代文担当の田中先生が入ってきて、授業開始のチャイムがなった。


 1時間目、現代文。


「…で、あるからして…」


 今、先生が読んでいるのは、男性二人と女性一人の幼馴染達の三角関係のお話で、前から好きだった方の幼馴染と結ばれるという結末だ。選ばれなかった方は自殺してしまうというのが、なんともすっきりしない。


「そして、この時作者は…」


 沙絵ちゃんはまた彼を見ている。彼は完全に寝てしまったらしく、船を漕いでいる。満足したのか、沙絵ちゃんは前を向いて、ノートの端に何かを書いている。田中先生が最後の文を読んだあと、少し涙声でこの話はほぼ作者の実体験だと言った。ほぼということは、選ばれなかった方の幼馴染が自殺した事が本当にあったのかもしれない。


 もし…、私が沙絵ちゃんに告白したとして、受け入れられなかったら、私はどうするんだろう。さすがに自殺はしないはずだ。しない…よね?


 先生が、同じ作者の別の作品を熱く語ろうとしたところで、チャイムが鳴って、授業が終わった。


 沙絵ちゃんはまた、彼の方を見ている。何を見ているのか見ようと、右に顔を向けようとしたら、佐々木さんが机の横に立っていて、声をかけられた。


「ねぇねぇ、香織ちゃん」


「どうしたの? 佐々木さん」


「今日の放課後なんだけど、予定空いてる?」


「今日? 空いてるけど…どうかしたの?」


 今日なら、生徒会の集まりもないはずだし、空いていると言えば空いている。


「そっか、良かったー! 良かったらパンケーキ、食べに行かない?」


「パンケーキかあ。良いね、行きたいかも。そう言えば、お店の場所は?」


「やったー。お店の場所はね、商店街の外れだって」


「結構、歩くんだね。まあ、大丈夫だと思うよ」


「沙絵ちゃんも誘うねー」


「沙絵ちゃん、沙絵ちゃん」


 佐々木さんが後ろから声をかける。沙絵ちゃんがこっちを向いた。


「今、香織ちゃんと話してたんだけど、放課後にパンケーキ食べに行かない?」


「パンケーキ?」


「あれ、知らない?最近、新しくお店ができたらしくて、すごく美味しいんだって!だから、食べに行こうよ。」


「そうなんだ…。うん、じゃあ行こっか。」


「じゃあ放課後、校門に待ち合わせね!」


 そう言って、自分の席に戻っていった。


 正直、佐々木さんはちょっと苦手だ。どこを写真に収めても映えるだろうな、と容易に想像できるくらい綺麗で、すごい美人なので、なんか圧倒されてしまうからだ。でも、私があまり自分から話かけたりするタイプではないので、ああやって話しかけて来てくれるのは嬉しかったりする。


 何はともあれ、沙絵ちゃんと久しぶりに一緒に出掛けられるので楽しみだ。

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