第4話 小此木沙絵の章 その1

「…きて~。起きて~、お姉ちゃん!」


 声が聞こえて、目が覚めた。起き上がりベッドから降りる。今日も沙希に起こされてしまったらしい。


「お母さ~ん。お姉ちゃん、起きた~!」


 そう言いながら、階段を走って降りていった。我が妹ながら、よくもまああんなに朝から大きな声が出せるものだ。あの小さな体のどこから出ているのか想像もつかない。


「早く起きないと、遅刻するわよー」


「はーい」


 下からお母さんの声がしたので、返事をしておく。寝ぼけぎみだったが、すっかり目が覚めた。パジャマを脱ぎ、制服に着替える。髪を整えて、縛っていく。いつも通りのツインテールだ。鏡を見て、身だしなみは大丈夫か確認する。


「よし」


 大丈夫そうなので、下の階に向かう。


 リビングの扉を開けると、


「おはよう」「おはよー」


 と、お父さんと沙希が声をかけてきた。


「おはよう」


 返しつつ、席につく。


「はい。早く食べて学校行きなさい」


「はいはーい」


「はいは一回!」


 そう言いながら、お母さんがお皿を運んでくる。中身は、昨日の残りの唐揚げだった。


「お母さん、朝から唐揚げは重たいよ…」


「いいから、早く食べちゃいなさい」


 問答無用といった感じだ。しぶしぶ、箸を持ち食べ始める。もっとこうおしゃれな、とまでは言わないけどもう少し彩りが欲しい。他に並んでいるものは、納豆と味噌汁(昨日の残り)だけだし。


 なんとか食べ終わり、洗面所に向かう。トイレを済ませ、歯磨きをする。そういえば、沙希は歯磨きをしたのかな。まあ、お母さんがさせるだろうし気にしなくてもいいか。


 歯磨きを終え、部屋に戻る。通学用のカバンを開き、中身を確認する。教科書に…、筆箱に…、財布も入っているし、念のための折り畳み傘も入っている。大丈夫なはずだ。

 カバンを閉めて手に持ち、 下に降りて玄関に向かう。靴を履く。最近、買い換えたばかりなのでまだ少し固く感じる。立ち上がり、リビングにむかって、


「いってきまーす」


 と言いドアノブを掴んだとき、


「体操着持ったー? 今日、体育あるんじゃなかった?」


 お母さんがそう言ってきた。


「忘れてたー!」


「もう! しっかりしてちょうだい!」


 呆れぎみにそう言われた。


 急いで部屋に戻り、体操着の準備をする。忘れると見学になって、見学シート?というものを書かされるらしいので、めんどくさい。

 玄関に戻って、靴を履きなおす。ドアを開きながら、


「今度こそ、いってきまーす」


 そう言って、ドアを閉めた。小さく『いってらっしゃい』と聞こえた。傘を開く。


 急いだおかげか、まだなんとか歩いても間に合う時間だった。朝から汗だくなのも嫌なので歩いて行くことにした。途中、近所のおばさん達にあった。何か話し合いをしていたみたい。


 ギリギリだけど、学校に着いた。結局、少し早歩きで来たので、蒸し暑く感じる。校門を通り、玄関に入る前に傘の水をとばした。傘を傘立てに置き、ロッカーの近くまで歩く。

 靴を脱ぐ。少し靴下が濡れてしまっていたけど、替えの靴下も無いし、乾くと思ったのでそのまま上履きを履いた。二年生の教室は二階にあるので階段に向かい、登っていく。ギリギリな時間なので、他に人はいなかった。私の足音が響いて、少し怖い。


 階段を登りきり、左手側にある2-Bの教室に向かう。少しだけ、賑やかな声が聞こえたきた。教室の扉は開いていたので、そのまま自分の席、窓際の真ん中席に向かう。向かう途中で、教室の真ん中の席を見る。姿はないけど、荷物はあるので休んだりはしてないみたい。そう思いながら、席に着く。誰の席を見ていたのかと言うとそれは…、


「おはよう! 沙絵ちゃん!」


「香織ちゃん! …お、おはよう」


「どうしたの? そんなに驚いた顔して」


 急に声をかけられたのでびっくりしてしまった。不思議そうな顔をしてこちらを見ているのは、千堂香織ちゃん。幼稚園の頃から今までずっといっしょな私の幼なじみだ。メガネをかけていて、ザ・真面目といった雰囲気の子だ。まあ実際、真面目な子なんだけど。委員長も進んで引き受けていたし。正直、香織ちゃんがなんでこの高校に来たのかがわからない。ここもまあまあな進学校ではあるけど、もっと上の方、それこそここら辺の一番偏差値の高い所にだって受かっただろうに。


「いや、ちょっと考え事してて」


「あ、そうだったんだ。ごめんね、邪魔しちゃって」


「大丈夫、大丈夫」


 とりあえず、なんとか誤魔化した。香織ちゃんが、茶化すような子じゃないのは分かっているけど、やっぱり知られると恥ずかしいから。


 それで、誰の席を見ていたのかと言うと…、あ、戻ってきた。私が見ていた席の主が、ハンカチで手を拭きながら帰って来た。どうやら、トイレにいっていたみたい。


 彼は、その、なんと言うか…、簡単に言ってしまえば私のす、好きな人…だ。中学校の時から、片思いをしている。だというのに、いまだに気持ちを伝えられずにいる。別に、仲が悪い訳ではない…はずだ。普通に話すことだってあるし、嫌われているような素振りもないし。ただ少し、距離を置かれているというか、一歩引いた感じの接しかたをされている気はする。やっぱり私の勘違いなのかもしれない、と思うこともある。


 ただ、その、彼の事を考えていると、考えがまとまらないというか、考えたいけど考えられなくなるというか、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうので、結論を出せていない。もしくは、考えないようにしているとか。もし、しっかりと考えて嫌われていると思ってしまったらと思うと…。考えたくないから考えないようにしているとしか思えない。今、自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。


「おーい。お前ら、時間だぞー。席に着けー」


 担任の池澤先生の声が聞こえて、我に返る。もう朝のホームルームの時間になっていたみたい。ギリギリに来たのだから当然か。すぐにクラスは静かになった。とりあえず、考えるのは後にしよう。


 そんな、もう何回も後回しにしてきたことを思いながら、先生の話に耳を傾ける。


「今年も、そろそろ文化祭の準備にとりかかる時期だ。何をやるのか、何が必要なのか、ちゃんと考えとけよー」


 気だるげに先生が言った。そっか、今年も、もうそんな季節か。去年の文化祭は、屋台をやったんだっけ。あんまり美味しくできなかったけど楽しかったなー。そして、彼に二人で回ろうと誘おうと思ったけど、結局勇気がでなくて諦めたんだっけ。今年こそは、誘えたらいいな。


「沙絵ちゃん、沙絵ちゃん」


 小さな声で、香織ちゃんが話しかけてきた。


「どうしたの?」


 こちらも、小さく返す。


「文化祭、今年は何やるか考えた?」


「ううん。何がいいかなー」


 今の今まで忘れていたので、全然考えなんてない。とりあえず、去年やらなかった事で、簡単なものが良いかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る