第4話 義足

陽が沈むとかなり涼しくなってきた晩夏のある日。ネヴァはコーヒーの入ったマグを置き、午前10時、開店と同時にレディの家に電話をかける。

「はい、こちらアメリア・ハスラー」

「おはようございます、ネヴァ・ロアです」

「あら、靴屋の」

レディの品のある声の後ろで、微かにクラシックの名曲が聞こえた。ネヴァはレディ宅には何度か電話をかけたことがあるが、毎回何かしら音楽が流れていた。そのどれもが学のない彼女でも聞き覚えがあるものだったから、きっと有名な曲なのだろうと思っている。

「いつ頃伺ったらいいかしら」

靴が仕上がったと告げる前にレディの方から切り出した。期待と歓喜の滲んだ声だ。

「レディのご都合のつく時に」

そう返すと、レディは何の迷いもなく言い切った。

「じゃあすぐに行くわ。ザックにもそう伝えておいて」

二言三言交わしてから電話を切る。レディの家はたしか靴屋から30分ほどの距離にある。30分もあれば、店内を掃除し直してコーヒーを淹れるには十分だ。今日は天気もいいし忙しくなるな、とネヴァは髪を結び直して気合いを入れる。

「ザック、レディすぐに来るって」

作業室で別の依頼に取り掛かっているザックに声を掛ける。ザックは作りかけの靴を台に戻し、頷いて言った。

「それではネヴァは掃除を頼みます。私がコーヒーを淹れてきましょう」

椅子から立ち上がるザックの左脚がギシギシと音を立てるのを聞いて、ネヴァが苦笑いで言う。

「それ、流石に調整行ったら?」

「祖国に戻るのなんとなく嫌なんですよね」

困ったような笑顔で首を振るザックに、にやりと笑うネヴァ。

「だからわざわざ戻らんでも、安くて腕のいい奴紹介するっつってんじゃん」

「それ貴女の地元の出の方でしょう?無免許は流石にちょっと」

「無免許でもいーじゃん、腕は確かだよ」

からからと笑って言う様にザックは頭痛を覚える。貧民街出身の無免許の技師。字面だけで怖い。

「何を根拠に……」

呆れて溜息混じりに尋ねる。

「そいつ生まれつき両脚ないんだよ」

ネヴァがこともなげに言った言葉はかなりの説得力を伴っていた。義足のメンテナンスは自身のもので散々やっているから手慣れているということか。

「その方はよく2つも義足が買えましたね」

貧民街に生まれた者で、ネヴァのように真っ当な職場に就職できる者はほんの一握りしかおらず、ほとんどが一生をそこで過ごす。ネヴァがこの靴屋に勤めているのにも一応それなりの経緯がある。

「まあ……そこはちょっと怪しいルートだよな。だから自分でメンテしなきゃいけないんだよ」

口ぶりからして恐らく正規品ではないのだろう。間に合わせの安い義肢ならば耐久性は正規品に劣って当然だ。貧民街の人間の元に流れてくるものともなれば、部品にはじめから不備があってもおかしくはない。だが不具合が生じるたびに業者に依頼するような金があるはずもない。毎回自分で調整しているのなら確かに技術は相当なものになるだろう。

「ではその方をご紹介いただけますか?」

逡巡の末にザックが尋ねると、ネヴァは上機嫌に頷いた。

「おー、久々に顔見たいし、紹介ついでに私も行くよ。今度の定休日でいい?」

「ええ、問題ありません」

晩夏の頃の朝。客の到着を待つ靴屋に、涼やかな風が吹き抜ける。

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