第3話 おつかいのギャリー・ターナー

陽光が照りつける真昼間。一人の少年がザックの靴屋を訪れていた。

「こんにちはー」

大きな声で挨拶をするが、返事はない。

「あれ?ザック?」

普段ザックが座っているカウンター内の椅子。今日はそこにストロベリーブロンドの髪の女が座っていた。カウンターに足を乗せて目を瞑っている。決して行儀がいいとは言えない。

「ザックならいないよ」

淡々と、低い声で答える女に少年は少し怖気付く。子供である自分を最優先しない大人をこの時初めて見たのだ。

「わざわざ来てくれたのに、悪いね、少年」

ここまで言ってようやく目を開いた。その美しい瞳に思わず息を呑む。まるで地球を縮めて嵌め込んだような綺麗な目。暖かな色の光の中で、そこだけが異様に光ってる。

「あ、いえ……」

「出来上がった靴の引き渡しぐらいは私も出来るよ。親御さんのおつかいか?名前は?」

脚を下ろしてカウンター内に立つ。先ほどの体勢では分からなかったが、存外背が高い上に顔が整っている。少し姿勢が悪いが、その上でも分かるスタイルの良さに圧倒される。

「はい、あの、兄さんの靴を受け取りに、僕はギャリーです」

見たところ6、7歳あたりだろうが、少年もといギャリーは受け答えがしっかりしていた。だが惜しい。ネヴァの訊き方が悪かったのもあるが、受け取りに来ただけのギャリーの名前を答えたところで何の解決にもならない。

「お前じゃなくて兄貴の名前教えてくんなきゃ分かんないよ」

呆れ顔のネヴァに慌てて付け加える。

「あっ……すみません、兄はテオドアです」

「へえいい名前じゃん、少し待ってろ」

何故兄の名前を誉められたの分からずに立ちすくむギャリーを置いて、女は首をパキパキと鳴らしながら奥へ引っ込む。店番をしているところを見るにこの靴屋の従業員なのだろうと推測するが、どうにもそれらしくない。あの口調と振る舞いだと、ひょっとすると貧民街の方が似合うかもしれない。

そんなことを考えていると。

「お待たせ、これで合ってると思うけど一応確認して」

従業員の女が深緑の箱を持って店の奥から現れた。箱にはザックの筆跡で「テオドア・ターナー様」と書かれた札がついている。

「合ってます」

ギャリーが頷くのを見て、女は箱を紙袋に入れる。

「はい、落とすなよ」

女の冷えた指先にほんの少し触れた。

「っ、ありがとう、ございます」

ギャリーの心臓が跳ねる。冷たさに驚いたのもあるが、これは、

「何か不具合とかあったら見せに来てねって兄貴に伝えといて」

女は口角を少し上げて気さくな口調で言うが、ギャリーの心境はそれどころではない。小さく頷くので精一杯だ。

女は店の入り口のドアを開けてギャリーを通してやる。ここでふと何かを思い出したように動きを止めた。

「いっけね、名乗ってないじゃん」

今更か、とギャリーは拍子抜けする。変わった人。ちょっと怖いけど美人で、だいぶ変わった人。この人の名前は?

「私はネヴァ・ロア。好きに呼んでくれていいよ」

「ネヴァ、さん」

名前まで変わってるな、なんて感想は心の中だけに押し留めた。

「じゃあ、ありがとうございましたぁまたのご来店を〜」

店の入り口から身を乗り出してひらひらと手を振るネヴァに、頭を下げて歩き出す。ザックの心臓は、訳が分からないくらいに高鳴っていた。


これがギャリーの初恋だった。

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