30.突然の訪問
哲也館長を改心させる、その目的の元、僕は動くことにした。
「……………駄目だ」
自室にて、僕は白紙のスケッチブックとにらめっこしていた。
なんのアイデアも出てこない。哲也館長の気持ちを動かすための、具体的な描写がまるで浮かばない。右手に持つ鉛筆は線を描くことなく、空を切る。
哲也館長を改心させる。それはつまり、「小百合を言えに閉じ込めておくのは悪いことだ」と認識させることだ。
そう思わせるには、どのような絵を描けばいいのだろうか。
「…………」
やはり、まるで出てこない。
アイデアとは、気分屋である。
やる気を出したからといって、顔を出してくれるほど素直な性格をしていない。
椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。空から画期的なアイデアが降ってこないだろうか。
ピンポーン。
一階から間延びしたチャイム音が聞こえた。来客らしい。
時刻は昼過ぎ。この時間に来るのなら、きっと、宅配か何かだろう。はたまた客人か。まあ、なんでもいい。誰であろうが、対処するのは親。僕には関係ない。
思案を続行しよう、と思った矢先、階段を上る足音。
「お友達が来てるわよ」
自室のドアを開いた母の言葉に、僕は困惑した。
友達。
それに該当する顔は一人しかいない。大樹だ。だが、友達であっても、休日に一緒に外で遊ぶような間柄ではない。一緒に切磋琢磨しあう戦友の意味合いが強い。
ならば誰だろう。
階段を降り、玄関に向かうと、そこに居るはずのない人間がいた。
「こんにちは、加地くん」
堺小百合が、玄関に佇んでいた。
「え」
ふりふりと手を振る彼女を見て、僕は呆気にとられた。
病衣みたいな素っ気ない服装の彼女ばかり見てきたから、私服の彼女が新鮮で胸がときめいた。半袖のブラウスと七分丈のスキニ―パンツを着て、小さい肩掛け鞄をぶら下げた、シンプルなコーデだが、彼女の細く美しい身体のラインがよくわかる、いい服装だと思った。袖から出る細く白い腕や、艶やかな鎖骨に、僕はドギマギしてしまう。
思考が駆け巡る。どうして彼女がここに?
「デートしに来たの」
「デート?」
僕がオウム返しすると、彼女は唇を尖らせた。
「むぅ、前に私とデートしたいって言ってたじゃん」
そりゃ今でもそうだが、疑問の方が強い。もしかして、僕が何かする前に、小百合の父である哲也館長が、心変わりをしてくれたのだろうか。疑問を解消したい。素直な彼女に聞けば、答えは返ってくるのだろが、質問内容は慎重に選ぶべきだろう。
彼女がもし、哲也館長の思惑に関係なくここにいるのならば、僕のした問いによって親子関係に深刻な溝が生まれてしまうかもしれない。小百合にとって唯一の肉親が哲也館長だ。彼の行いは間違っているとは思うが、気持ちは否定できない。
僕としては、どちらも納得のいく顛末を望んでいる。
「身体、よくなったのか?」
無難にそんな質問をぶつけた。僕は彼女が健常であることを知っている。この聞き方は、哲也館長の思惑に乗っているようで、あまり気乗りはしなかった。
「遠隔操作」
端的な彼女の答え方。明らかに言葉数が足りなくて、答えを導き出せない。僕の思惑を察してくれたのか、彼女は膨らみある胸に手を置いて、言葉を重ねた。
「私、ロボットなの」
突如足場が消え、奈落へ落ちる錯覚を覚えた。
以前、オーバー社で見た小百合に似たロボットが脳裏によぎった。以前抱いた仮説、小百合ロボット説を思い出す。矛盾があるから、それは違うと思っていたが、違ったらしい。
「お前、ロボットだったのか」
なんと言えばいいのか、わからなかった。
ただ、恋した相手が、鋼鉄の機械だと知って、僕はひどくショックを受けていた。
今にも泣きそうな僕に、小百合は焦った。
「え、あ、なんで?」
新川ミコトと同じロボットの癖に、察しが悪い。
「お前、ロボットなんだろ?」
声が震える。失意によって僕の語彙力は死んでいる。それに、「好きだった君が、実はロボットだと知って、ひどくショックを受けました」なんて言えないほど、僕は小百合を人間として認識していた。
小百合は、あっ、と何かに気付いた表情をした。
「えっと、違う。私、今はロボットだけど、人間なの」
彼女は何が言いたいのだろう。
「ほら、遠隔操作。映画館でも私やってるでしょ? 遠隔操作」
そこで、ようやく彼女の言いたいことを理解した。
目の前にいる小百合にそっくりなロボットを、本物の小百合が家から遠隔操作しているのだ。哲也館長の言葉を思い出す。
――小百合と瓜二つのロボットを小百合が操作すれば、危険を避けつつ、人生を謳歌できるのさ。
目の前の事象が、まさにそれだ。
「なんだ。そいうことか、僕はてっきり小百合がロボットだと」
心の底から安堵して、自然と笑みがこぼれる。よかった、小百合が人間でよかった。
「ん~? 私が人間で、そんなに嬉しいの?」
安堵する僕を、小百合は嬉しそうな顔で覗き込んでくる。前かがみになったため、白い胸元が少し見える。強い視線誘導に抗い、僕はそっぽ向く。
「そりゃ、仲良くなりたい人間が、人にこびへつらうロボットだったら、嫌だ」
不意の官能のせいで、僕はついそんな恥ずかしい台詞を吐いてしまった。
小百合は虚を突かれたような顔をしてから、破顔した。
「私も、加地くんともっと仲良くなりたいよ」
心をくすぐられるような感じがした。端的に言って、嬉しかった。
「さ、でかけるよ。加地くんも着替えてきて」
言われて己の服装を確認すると、Tシャツ短パンの部屋着であった。
「ああ、すぐに準備する」
小百合の横を歩けるほどの衣服を持っていただろうか、と不安を抱きながら僕は自室へと向かった。
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