26.瓜二つ

 ――人の心は、人にしかわからない。

 小会議室を出てからオーバー社の通路を歩きながら、千佐子の言葉を反復する。

 自然と眉間にしわが浮き出る。下唇を甘嚙みする。

 彼女があのタイミングであの言葉を言ったのは、僕の問いに対するヒントなのだろうが、求めているようなものではなく、イライラしてしまう。

 思案しながら俯いて歩いていると、ふと、誰かとすれ違った。長い黒髪と見覚えのある顔を視界の端で捉えた。しかし、見知った顔に対し、その髪型には、違和感があった。

 その人物は、そんなに髪が長くなかったはずだ。

 僕は振り返り、腰まで伸びる黒髪を揺らす女性の背に、連想した名前を呼んだ。

「小百合」

 僕の声に、女性の背はピタリと止まり、振り返る。

 僕は顔を強張らせた。

 見間違えるはずがない。彼女の顔は小百合のそれであった。

 だが、先日会った小百合は耳を隠す程度のミディアムヘアーであったはずだ。そんな短時間で腰まで髪が伸びるはずがない。しかし、顔もそうだが、病衣みたいなシンプルな着衣に身を包んだ体型も、自分の知る小百合と合致する。同一人物だが、同一人物ではない。頭が混乱する。

「お前は、誰だ?」

 率直な疑問を小百合に似たそれに問うた。

 薄紅色の唇がゆるやかに動く。

「私はN-600型アンドロイド。人間ではありません」

 抑揚のない声であったが、小百合の声であった。魂の抜いたような無表情の顔を僕は凝視する。思考がぐちゃぐちゃにかき乱され、混乱がさらに強くなる。

「私と同型なんだよ」

 すぐ隣から声がしたので、僕は「うわっ!」と驚いて飛び跳ねる。新川ミコトがそこにいた。

「い、いつから隣に!」

 たじろぐ僕を見て、新川ミコトはケラケラ笑う。

「あの子に見惚れちゃって、私に気付かなかった?」

 新川ミコトは視線だけで小百合を指す。無表情で直立不動で静止する長髪の小百合は、かなり異物めいていた。本来の小百合ならばコロコロと表情を変える。それと同じ顔が無表情でいるだけで、とても不気味に見える。

「こいつは、なんなんだ」

 率直な疑問を新川ミコトにぶつけた。

「ん? 私と同じアンドロイドだよ?」

 不思議そうに新川ミコトは小首を傾げた。

 僕の質問に答えてはいるが、疑問が解消される答えではない。

「違う。そうじゃなく……」僕は言葉をまとめる「僕は、このアンドロイドと同じ容姿、体型、声をした人間を知っている。どうしてそんなアンドロイドがここにいるんだ」

「堺小百合ちゃんだね」

 その名前が出て、ギョッとした。

「知っているのか……?」

 疑念に似た驚愕が浮上してきた。

「まあね。私はオーバー社のデータバンクと連動しているから、この会社に関連することなら、なんでも知っているよ。でもね、このアンドロイドが作られた理由は、加地くんには言えない」

「どうして?」

「セキュリティ的に言えないよ。私がオーバー社の内情すべてを話せたら、内部情報が筒抜けじゃない」

 それは至極まっとうな理由であった。

 僕は新川ミコトを見やる。コイツには感情や思考はなく、自我がない。正真正銘のロボットで、パターンの奴隷だ。仮にここで説得を試みたところで、土下座して頼み込んだりしたって、絶対に口を割ったりしないだろう。

 歯がゆいが、なりふり構わず行動に移すほど、僕は感情的ではない。

「それじゃあ、帰ろう。帰りの車が待っているよ」

 諦めたことを新川ミコトは悟ったのだろう、彼女は先導するように歩き出した。それと同時に、静止していた小百合ロボットも背を向け歩き出す。角を曲がり見えなくなったところで、僕は新川ミコトの背を追った。

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