第3章

17.強制デート

 休憩室にて、フェイスを起動させている僕は、ニコニコと笑っていた。

 周りにバイト仲間が複数いて、みんなニコニコ笑っている。

 談笑している僕らは、楽しげに笑っていた。

 表情は笑顔だけど、僕の心だけは、氷のように冷めていた。

「館長ってさ、ロボットを娘扱いしてさ、毎朝一緒に映画を見てるの、ほんとやべーよな」

 金髪の男が言うと、一同が湧いた。

「寂しいのは、わかるけど、ぶっちゃけキモイよね」

「闇が深い(笑)」

「独りが辛いんでしょ」

 軽薄な笑いを浮かべながら、浅い感想を述べる一同。

 館長の寂しさをわかるわけがないだろ。お前は家族を失ったことがあるのか?

 もし仮に、実際家族を失っていて、それでもなお笑えているのなら、人の皮を被った悪魔なのだろう。いや、人だからこそ、笑えているのだろうか。

 歯ぎしりしたい僕は、しかし、周りと一緒で、軽薄な笑みを浮かべていた。

 唯一の救いは、フェイスが周りに合わせて、館長を卑下する発言をしないことだ。

「アハハハハ」

 笑いがただひたすら耳にこびりつく。

 人の笑いとは、ここまで不快だったろうか。

「アハハハハ」

 笑っている人間を客観視すると、怖く見えた。狂っている、ラリッている、という表現が正しい気がした。

「アハハハハ」

 もう、限界だった。

 僕は立ち上がると、「フェイス」は僕の行動に合わせて、退出するための適当な言い訳を言ってくれた。

 通路口を歩く僕は、フェイスの電源を落とした。己の顔を、思うままに動かさなければ、何かが破裂してしまいそうだった。

 休憩室から出てもなお、笑い声の残響が耳にこびりついていた。人の不幸は蜜の味だと言うが、その感覚がまるでわからなかった。そして、そうやって人の不幸を笑い、それに同調することで、バイト仲間との距離が縮まっていることに、苛立ちを感じていた。

 僕は腹の奥の不満を吐き出すように、ため息を吐いた。

「本当ひどい話題よね。げんなりする」

「うおっ⁉」

 すぐそばで声がしたので、素っ頓狂な声を上げて驚いてしまった。声の主である彼女も、僕の反応に驚いていた。咄嗟にフェイスの電源をつけると、口が勝手に動き出す。

「亜美さん、驚かさないでくださいよ」

 焦る僕の素振りを見て亜美は手を合わせて「ごめんね」と謝った。僕の反応を楽しんでいるようにイタズラっぽく笑っている。

 亜美さんは、バイトの先輩だ。大学生であるが、身長は僕が見下ろすほど小さい。髪型はボブなせいか、全体的に丸い印象を受け、見た目だけでは、あまり年上に見えない。だけども、言動は非常にお姉さんだ。業務内容について教えを乞えば、柔和な笑みを浮かべ、優しく伝えてくれる。泣いている子供がいたならば、「大丈夫。心配ない」と背中をさするだろう。そんな人だ。

「みんな、館長の噂好きよね。耳にタコができちゃう」

 隣を歩く亜美さんは、小さなため息をこぼした。

「館長が家族を失ったっていうのは、本当らしいじゃない。人の不幸で笑っているなんて、最低よ」

 亜美さんの横顔を見ると、口を尖らせていた。

「芸能ゴシップが売れる世の中です。そういう与太話に飢えているのでしょう」

 僕はなんとも嘆かわしいと言いたげに首を横に振った。

 フェイスは、新川ミコトと同じく、相手が求む言動をする。僕の口がこのように発言するのは、話し相手である亜美さんが、そのように考えているからだ。

 黒い話題を好む層がいるからこそ、黒い話題が記された雑誌が売れる。僕の本心としても、それを良いことだとは思えなかった。

「本当、辟易しちゃうよね」

 そういいながら、亜美さんは、僕との距離を一歩だけ詰めてきた。歩く僕らの距離は近すぎて、肘と肘がぶつかりそうである。今一度、亜美さんの顔を見おろすと、目の瞳孔が開いており、なんとも心を許したような、どこか呆けたような、そんな印象を受ける表情をしていた。

 僕が言うのもアレなのだろうが、亜美さんは僕に惚れている。

 これは決して、自掘れではなく、第三者として、客観的に、確信をもってそう言える。

 フェイスを使用している時、僕は傍観者だ。だから、正しい言い方をすれば、亜美さんは僕に惚れているのではなく、「フェイス」に惚れている、と言っていいかもしれない。

 それを紐解けば、人間が機械に惚れる、という図式が完成するのだが、それは打倒ロボットを志す僕にとって、胃液が逆流するほど気味の悪いことであった。

 生身の人間が、鋼鉄のロボットに恋をしているのだ。

 なんともまあ、キツイ冗談だ。

「話は変わりますが、亜美さんは休日をどう過ごしていますか?」

 僕の口が唐突に動き出す。亜美さんは唐突な話題に、目を瞬かせた。

「え、あぁ、うん。そうだね。友達とカフェ巡りしたり、大学の勉強とかかな。あ、あと最近はヒトカラにハマってるんだ。声を出して気分発散、ってな感じですね」

「楽しそうですね。僕は美術館に行ったりしますよ」

 僕の発言に、亜美さんは感心したように「ほぉ~」と目を見開いた。

「凄いね。知的で素敵。私、美術館になんて行ったことないや」

「でしたら、今週にでも、一緒に行きませんか?」

 な、なにを言っているんだコイツ。

 予定を勝手に決め始めたぞ!

「え、いいの?」

「もちろんです!」

 いや、僕が良くない。と心の中で唱えたところで、フェイスが止まることなく、結局週末に亜美さんと二人で美術館へ行くことになった。

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