13.感謝

「加地くん、このあとちょっと時間もらってもいいかな?」

 バイト終わり、哲也館長に呼び出しをくらったのは、小百合の家に行った翌日だった。フェイスを起動させているので僕は、「はい! なんでしょう」と笑顔で元気よく返事をした。

「二人きりで話したい。その機械は外してくれよ。素の君と話をしたいんだ」

 と釘を刺された。

 まあ、昨日の今日だし、話題は十中八九、小百合宅に訪問したことだろう。

 僕は胃がキリキリするのを感じた。予定があるとか、その場しのぎの嘘で誤魔化すことも頭によぎったが、なんというか、それは筋が通らないような気がして、渋々ながら「時間はとれます」と答えた。

 館長からしてみれば、病弱な娘がいる我が家に、ノコノコ男がやってきたのだ。気に食わないのが普通だろう。


 場所は映画館と同じショッピングモール内にある喫茶店。

「フェイス」を外した素の僕を、バイト仲間に知られないようにするため、場所を変えてくれたのだろうか。哲也館長が配慮なのかもしれない。

 僕と哲也館長、2人が相対して座る。注文した飲み物が届くと、哲也館長はいきなり本題を切り出した。

「昨日、家に来たようだね。娘から聞いたよ」

哲也館長は、コーヒーの入ったカップを口へ運んでから、カチャリと受け皿に置いた

なんと事情を話せばいいのか。僕は「はあ」と曖昧な返事をした。

 僕が言いあぐねていると、哲也館長は顔をほころばせた。

「青木くん、君は何か誤解をしているな? 僕は礼をしたいんだ」

「え?」

 僕はいつのまにか俯いていた顔を上げた。そんな僕の反応が面白かったのか、哲也館長は、鼻を鳴らして笑った。いつも疲れた顔をしている館長の笑顔は、新鮮であった。

「小百合から聞いているだろうが、娘は病弱でね。部屋にずっと籠ることしかできないから、人との係わりも持てない。寂しい思いをしていることだろう」

 僕は想像する。ベッドから動けず、窓辺によって四角く切り取られた、外の風景を見る小百合の儚げな表情を。

「だから、せめて少しでも外との繋がりを持ってほしいと思ってね、ロボットを通して、アルバイトをさせてはいたんだが」

「なるほど、そうだったんですね」

 ここから会話を広げることができるほど、僕は会話が得意ではない。どうしても、無難な返答になってしまう。

「君のことを話していた時、久々に娘の笑顔を見た気がするよ」

 ふっ、と笑みを浮かべる。力がない、諦めたような微笑みだった。

「どうか、これからも娘と仲良くしてほしい」

 哲也館長は頭を下げた。

 僕は「は、はぁ……」と曖昧な返事をしながら、なんとなく頭を下げた。

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