9.館長のお気に入りロボット

「人気者は辛いねぇ~~」

 正面には頬杖をついた千佐子がいる。場所は、オーバー社の会議室。相も変わらず彼女の反応はうざったらしくて、僕は顔を背けながら椅子の背もたれに体重を預けた。

 定期報告。モニタリングの一環だ。「ファイス」のを報告するため、僕はオーバー社に訪れていた。会議用の机を挟み、千佐子と僕は相対している。

 映画館で働き始めてから一週間が経過した。その期間での使い心地と周りの反応などを千佐子に説明し終えると千佐子は「人気者は辛いね~~」と茶化してきたのだ。

「一定の地位を築けたのにも関わらず、なぁ~んか不満げな表情だね」

 千佐子は、悪だくみをするかの如く、ニンマリと口角を上げる。お前の心情はお見通しだぞ、とでも言いたげなその表情に僕はさらにうんざりする。

「別に」

 突っぱねるような気持ちで僕が答えると、千佐子は「ふむ」と頷いた。

「我慢は体に毒だよ。加地クン」

「……?」

「『フェイス』は発売前の商品。その情報を他人に言ってはいけない。もちろん家族にもね。その契約事項は覚えているよね」

 先日。「フェイス」のモニタリングバイトを受けた日。情報漏洩をふせぐための契約書に同意した。率直に言えば、『フェイス』については他言無用ってことだ。バイト先の人間で「フェイス」について知っているのは哲也館長のみ。他は素の僕を知らない。

「つまり、君が今抱えている悩み、フラストレーションを発散できる場所は、この機会しかない。秘密の事柄を話せる相手は私しかいない。貯めていちゃあ、いつか限界が来るよ。ささ、包み隠さず憂いを吐いてごらん」

 吐いてごらん、と言われ、僕は誘惑のままに口が開きそうになる。だけども、僕自身が人に本音を言うのに抵抗があるのと、千佐子への親密度が、それに達してなかった。2つが相まって、僕は心のモヤモヤを吐露できなかった。

 代わりに「なんら不満なんて抱いてません。僕がこれまで生きてきて、今が一番人から親しまれていますから」と言った。

 自らの意志で嘘を吐くのは、「フェイス」により嘘を強制されるより、幾分か気分がマシであった。


「館長の噂、知ってる?」

 映画館の売店レジにて、先輩にそんなことを聞かれた。

 平日の映画上映時間が少ない時間帯だ。夏休みと言えど、平日は客足が少ない。暇な時間帯であれば、レジに立ちながら談笑する余裕はある。

 「フェイス」を装着した僕は、いかにも興味を抱いたように眉を上げ、「噂ですか?」と聞き返した。僕の反応を嬉しく思ったらしい先輩は「俺も人づてに聞いた話だから、どこまでが本当か知らんけどよ――」と前置いてから、以下のような話をした。

 哲也館長には家族がいた。妻と娘。

 数年前、交通事故によりその家族を失った。

 彼が受けた失意計り知れず、当然のことだが、相当ショックを受けたらしい。

 それから、失った愛の矛先を埋めるように、ロボットを購入し、溺愛するようになった。

「その一体がアイツ」

 先輩は、指さした。彼が指した方向は、上映ゲートであった。そこには、チケット確認用の人型ロボットが佇んでいる。チケットを視認し、スクリーン番号を告げたり、入場者プレゼントを渡す役割を担っている。

 人型ロボットとは言え、その見た目は、明らかに人ではなくロボットである。金属の皮膚に覆われ、LEDライトの双眸を持つ。

「館長はスクリーンでアレと二人きで映画を見てるらしいぜ」

 先輩は、その行いが気持ちの悪いことだと強調するため、うげ、と顔をしかめた。

「それは、キツイっすね……」

 僕も顔をしかめる。

「だよな。マジでヤバいって」

 先輩はケラケラ笑った。僕も同調する言葉を発しながらケラケラ笑った。

 その笑いを聞いて、僕の心はキリキリと軋んだ。

 どうして、そうも軽薄に笑えるのだろう、と思った。

 もし、その噂とやらが本当なら、悲劇の他ならない。

 悲しむべきことだし、同情すべき事柄だ。とても僕には笑うことなんてできない。

 だけど、先輩は笑う。「フェイス」は僕を笑わせる。「フェイス」がそうさせるのなら、正解なのだろう。人の悲劇を笑うことが、人と仲良くなるうえで、正解なのだ。

「おい、ポンコツ! 何か言えやぁ!」

 不意に怒号が聞こえた。声のする方向を見てみると、先ほど話題に上がった入場ゲートに佇むロボットに対し、中年男性がなにやら文句を言っていた。

「チケットをくれ、っつってんだよ! なんか返事せぇや!」

 顔を真っ赤にして、唾をとばす。感情をそのままぶつけている感じだ。それに対し、ロボットはただ突っ立っている。LEDの双眸を光らし、無感動にただ突っ立っている。

 まもなくして、どこからともなく館長が走ってきた。顔を青くして、中年男性の元へ駆け寄る。

「いかがなさいましたか」

 中年男性の気が、これ以上立たないよう、館長の腰は限りなく低い。

「俺はチケットが欲しいの! なのに、このポンコツ、何もしねぇ!」

 中年男性は乱暴にロボットの頭をはたく。

「あっ」

 隣の先輩が思わず声を出した。

「やめてください!」

 館長は、ロボットを庇うようにして、二者の間に割って入る。

「暴力を行使するのなら、お引き取りください」

 哲也館長の言葉は力強かった。表情も鬼気迫っていて、中年男性は気圧されていた。

「て、てめぇ、客に対しなんだその態度は⁉」

「うちの機材を叩く人間のどこが客ですか!」

 すかさずのカウンターに、中年男性はさらにたじろぐと、「二度とこねぇ!」と捨て台詞を吐いて、映画館から出て行った。

 中年男性が見えなくなると、哲也館長の臨戦態勢は解かれた。肩の力が抜け、安堵していた。ロボットへ振り返ると、なにやら一言、二言声をかけ、去って行った。距離のせいで言葉の内容まではわからなかったが、なんとなく心配した言葉を送っていた雰囲気だった。

「ありゃ、かなりのご執心ぶりだな」

 先輩は、一連の様子を見て、冗談っぽい口調で、そう締めくくった。

 たしかに、異常であった。

 ロボットを叩いた中年の行動はたしかに頂けないが、それにしたって哲也館長は客に対して怒りすぎに感じた。大事なものを気づ付けられた時のそれである。間違いなく、館長は入場ゲートに立つロボットを大切にしている。大切にしているものを叩かれたから、あれだけ怒ったのだ。

 可哀そうな人だ。

 ロボットは所詮ロボットでしかない。

 いくら溺愛したって、感情が芽生えることはない。

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