第29話 消された容疑者たち
捜査会議、小島はワクワクしていた。まるで刑事ドラマを視ているような気分だ。そこに、普段は高級官僚のように落ち着き払っている永作が飛び込んできた。
「大変です。友永が死んでいました」
「どういうことだ!」
川口が顔色を変えた。
「データ検索システムの交通事故被害者の中に、友永修造の名前が上がりました。暗殺事件当日、東北自動車道で炎上事故が発生しています。黒焦げの遺体が2体あったのですが、そのうちの一つが友永でした。車体番号から県警が所有者を特定。判明したのが昨日です。所有者は友永の父親だったため、ドライバーを友永修造と断定したそうです。残りの遺体が一之瀬だと思われるのでDNAの照合中です」
永作が一気に概要を話した。
「自業自得だな……」それは捜査員たちの素直な感想だった。
「車はゆるい下り坂で時速150キロ近いスピードをだしてエンジン付近から出火。側壁へ激突して大破しています。所持品はすべて焼失していて、狙撃の事実を示す証拠はありません」
「逃走を焦ったということか?」
都築がつぶやく。
「エンジンから火が出たら、普通は車を止めるだろう。本当に事故なのか?」
九段の口の悪さに、永作が目じりを上げた。年齢は九段の方がわずかに上だが、階級は永作が上だ。
「県警の検証では、事故原因に不審な点は見られなかった。何らかの原因で電子系統が異常をきたし、火が出る前にブレーキ系統が壊れていただろうということだ。道路にはブレーキ痕は認められなかったが、サイドブレーキを引いた形跡がある。そうして止めようとしたためにスピンして側壁に激突。……事故を目撃し、消火に当たったドライバーも多数いるのでそのことに間違いない」
永作の説明通りなら、重要な容疑者の2人が死んだことになる。捜査員たちは
「捨てられていた2丁のライフルを使ったのは一之瀬と友永に間違いないだろう。逃亡中にスピードを出し過ぎて勝手に死んでしまったというわけだ。さて、実行犯はみんな口がきけなくなった。天下には二階堂というアリバイがある。他の会員も事件現場とはかけ離れた場所にいた。あとは三沢の回復を待つだけだな」
意識の戻らない三沢は、東京に移送されて警察病院に置かれていた。
山本が背筋を伸ばし、椅子の背もたれに体重をかける。全てが終わってしまった、とでもいう様子だ。
――ガタン……、椅子を鳴らして小島が立ち上がった。
「あきらめるのは早いです。まだ、手塚もいます」
「あいつにはアリバイがある。三沢と一之瀬、友永による暗殺という線で幕引きは無理か?」
山本が渋い顔で言った。
おいおい、やる気がないの!……小島は心の内で突っ込みを入れた。今のままでは、重要な動機がわからない。それどころか、総理を撃った肝心の犯人を取り逃がすことになる。
「4人のアメリカでの行動をつぶしませんか? 射撃練習に行ったことは間違いありません。向こうで新たな手掛かりをみつけましょう」
小島の提案に会議室がざわついた。
「お前は、アメリカに出張したいだけだろう。却下だ。アメリカでの4人の足取りは、公安部からFBIにでも依頼すればいい」
背後で九段が言った。
バレたか。……小島は心の中でペロッと舌を出した。
「三沢の意識が戻るのを待つのは当然として、4番目のライフルを探しませんか? 狙撃現場にまだ残っている可能性があります」
蓮見が正攻法を提案する。それは事件現場の宮城県警に一任するということだ。警視庁関係者に反対する者はいなかったが、宮城県警から来ている捜査員は渋い表情を作った。現地は、まだ雪で覆われている。
九段が手を挙げていた。
「もう少し日明研周辺を洗うべきです。少なくとも、総理を撃ったスナイパーを挙げなければ、警視庁が笑われることになる」
「九段、お前のいう通りだ。警視庁の面子がかかっている。理由は何でもいい。関係者を引っ張って家宅捜索を徹底しろ。必ず日明研の周辺に最後のライフルがあるはずだ」
山本は気持ちを変えたらしい。不機嫌そうな顔で命じると席を立った。
その時、会議室の電話が鳴った。小島がそれを取った。
「なんですって!」
思わず大きな声を上げた。電話の向こうにいるのは警察病院の事務官だ。
「警察病院からです。三沢が死にました。生命維持装置の故障だそうです」
「なんだと!」
捜査員たちが声を上げ、あるいは立ち上がった。
「どういうことだ?」
山本が少ない髪を猫のように逆立てた。
「口を封じられたのではないのか?」
九段が渋い声で訊いた。
小島は、会議室内の声と受話器の向こう側の声を同時に聞きとり、通訳のように内容を伝えた。
「……病院のセキュリティー管理者の報告では、深夜、建物に外部から侵入された形跡はなく、病室のドアの開閉データ上も、定期巡回の医師と看護師以外に入室した記録はないそうです」
『残念ですが、不慮の自己です』
受話器の向こうの事務官がそう言って電話を切った。
捜査員たちが山本と川口に注目する中、1人、九段だけが部屋の隅に移動し、パソコンをいじりだした。それに川口が腹をたてた。
「九段! お前の見解を聞かせろ。パソコンで遊んでいるからには、考えがあるのだろう」
九段が背伸びをしてから、立ち上がった。
「都合がよすぎると思うのですよ。意識はなかったが、空気と栄養さえ送り込んでいれば三沢が死ぬことはなかった。いずれ脳が目覚めれば自発呼吸も生まれる。だからこそ医療班は安心していたはずです。……一之瀬、友永、三沢と容疑者が次々と死んでしまう。もし、死因が機械の故障だとしても、それは一之瀬たちの車が炎上したのと同じように、意図的な故障と考えるのが素直ではないですか?」
九段の推理に会議室がざわめいた。
「高速道路での事故も病院の機械故障も、殺人事件だというのか?」
「私はそう思いますが、証拠はありません」
九段の意見に賛同する捜査員は多かったが、証拠を示せないことも同じだった。
「どうやって故障を起こさせたというんだ?」
川口は、三沢の命を守るために、わざわざ仙台の病院からセキュリティーの高い警察病院に移送したのだ。そこで殺害されたとなれば、川口だけでなく、捜査本部長である山本の責任も免れない。
「関係者に手引きをする者がいたのでは?」
東部が言った。
「室内の防犯カメラには、医師とナース以外には誰も写っていなかったそうです。世の中に透明人間がいるなら別ですけど」
小島は東部の顔を見て口元を緩めた。
「医療関係者の犯行……」
川口が言いかけて口を閉じた。もしそうなら最悪の事態だ。
「……部屋に入らずに生命維持装置を壊す方法があるなら言ってみろ。九段ならわかるだろう」
「よしてください。私は科学者でも占い師でもありません。科警研に調査してもらったらどうですか?」
九段は悪意のある命令を拒絶し、冷ややかに笑った。
「九段!」
顔を怒らせた山本が九段に命じた。医療関係者と警備の警察官の型通りの事情聴取を行い、機械の故障による事故死として処理するように、と。
無茶だ、ねつ造だ。……小島はむかついていた。しかし、副総監に意見することはしなかった。それは、自ら自分の未来をふさいでしまうことだ。
「了解しました」
九段が呆れ顔で応じた。
「警部、私が言うのもなんですが、副総監には気を付けたほうがいいですよ」
彼の耳元で東部がささやいた。
「ん……、なんのことだ?」
「副総監は感情的な人事をすると有名ですからね。盾突いたら損です」
「俺は盾突いたりしちゃいないさ。思ったことを言っただけだ」
「それはわかりますが、ここは警察です」
「だから、俺たちは事件解決のために知ったことだけでなく、思ったことや感じたことを
「その通りですが、一方で官僚組織だということです。やりたいことをやるためには、上から睨まれてはだめなんです」
「それは出世がしたい奴の理屈だ」
「僕は出世したいなんて思ってはいませんが……」
「まぁ、俺がなんと言おうが、副総監の出す結論は同じだろうよ。わが身が大事な人だ。そんなことより、見てみろ。良い腕だと思わないか?」
九段が目の前のパソコンの画面を指した。放送局から任意提出された総理狙撃時の映像が映っている。小島も画面を覗いた。
「これは、現場の左側から写されたものですね。総理の姿が不鮮明なやつだ」
「そうだ。現場百辺が無理なら、ビデオ百辺だ。あまり注目されなかった映像だが、水島の姿はしっかりと写っている」
「ああ、流れ弾に当たった元自衛官の……」
「どうやら流れ弾ではないようだ」
「どういうことです?」
小島が訊いた。
「注目されていなかったが、水島が撃たれたのは、総理の後だ。総理を打ち抜いてから4秒後に撃った弾が水島の背後から心臓を貫通している。総理と水島の距離と方向を考えれば、1発目の反動で2発目があらぬ方向に飛んだと考えるのは不自然だ。第一、1発目で頭を撃ち抜いているのだ。2発目を打つ必要がない。……水島の頭でなく心臓を撃ったのは、水島が標的だと知られたくなかったからか、確実に当てるために大きな身体を狙った。……俺はそう思う」
「第1の標的が萩本総理で、第2の標的が水島ということですか。……二つの目標を連続して、しかも1発で撃ちぬいたとなると、確かによほどの腕ですね。容疑者を絞りこみやすくなります」
東部が言った。
「しかも、狙撃地点は我々が捜索した範囲より外側だ。200メートルぐらいはあるかもしれない。……国内ならオリンピック出場選手クラスだが、おそらくそうじゃないだろう。それではすぐに足がつく」
「国内なら?」
小島には、その意味がピンとこなかった。東部は違った。
「外国人スナイパーですね。入国管理局を当ってみましょう」
「何万人も滞在している外国人の射撃能力を調べられるか?」
「1億の日本人を調べるよりは簡単ですよ」
そんな東部が頼もしく見えた。九段も同じようだ。
「なるほど。任せた」
「それじゃ、外に出ましょう」
小島は九段の腕を取った。腹が減っては戦ができない。
「ん……何故だ?」
「部屋にいると、さぼっていると思われます」
小島は目で前方を指した。山本が怖い顔をしてこちらを見ている。
「お前たちは出世するよ」
九段が苦笑した。
小島は、彼を引きずるようにして捜査本部を後にした。もちろん行先はハンバーガーショップだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます