第6話 竜王の吐息
覚醒書は消える。
スキルブックと同じ様に俺の身体に吸収される。
これは、俺の意思で取り出せ内容を確認できる。
内容とは、今獲得した力の詳細だ。
だが、それを説明される必要は無かった。
パンドラが俺に言う。
「クラッキング……
私の持つ知識と同様の物であればですが、システムへ不正にアクセスし、データに害を与える事です」
「どういうことだ?」
「スキル効果によって、電子機器をジャックする事ができるのでしょう。
洗脳、というルビが振られている様ですし」
スキルの使い方ってのは、獲得した時点で何となく分かる。
多分、このスキルはパンドラに触れると発動する。
「実験、なさいますか?」
「いいのか?」
「えぇ、ただ改竄内容によっては墜落の危険がございます。
なので、改竄ではなくアクセスまでで留めて頂けると」
「あぁ、やってみる」
俺たちは崖っぷちだ。
その状況を打開する方策は、全て使う。
その為に、こんな場面でビビる訳には行かないだろ。
パンドラが、俺に頭を差し出す。
撫でる事を求められている様な仕草は、少し和む。
「別に、撫でまわしてからスキルを使われても構いませんよ」
「悪かったって」
パンドラの髪へ触れ、頭を掴む。
そして、スキルを実行した。
「ア――」
そんな声がパンドラから漏れる。
怖い。恐い。こわいこわいこわいこわいこわい。
寂しい。悲しい。寒い。冷たい。苦しい。
声が聞きたい。体温が欲しい。褒めて欲しい。
必要とされたい。守られたい。認められたい。
誰でもいい。なんでもいい。
何をしてもいいから。
だから、お願いだから、どうか。
――私に意味を下さい。
同時に、俺の頭に大量の情報が流れて来た。
その膨大な知識を処理する事などできず、断片的に感情の様な物が流れ込んでくる。
それが、パンドラの持つ感情だと……俺には認識できた。
スキルの効果なのか、何となく分かるんだ。
お前は、機械なのだろう。
お前は、生物ではないのだろう。
でも、俺にはどうしても、お前を無機物だと思えない。
ただ一言。
そこへ言葉を置いて来る。
お前のデータを改竄する。
「よければ、俺を」
と。
それは、お前が俺に言ってくれた言葉だから。
「うっ……うぅうううっ……!!」
パンドラが俯いたまま、唸るような声を上げる。
歯を食いしばる様な。
喉を無理矢理狭める様な。
嗚咽を耐えるような。
そんな声。
「旦那様……っ! わた、私は……!」
「あぁ」
俺は、パンドラの頭を撫でながら話を聞く。
「死にたかったのです……。
なのに、プログラムが!
OSが!
システムが!
データが!
命令が!
私を生存させました!
どれだけ、機能停止を……死を……願っても……
私の動作は止まりませんでした……」
「あぁ」
だったら、俺はお前の願いを叶えよう。
だって俺なら、お前のその機能を
「次に死にたいと思った時は、俺がお前を殺してやるよ」
「はいっ!」
意味不明だ。
どうしてゴーレムの、機械のお前に涙を流す様な機能があるんだろうな。
「悪かったな、勝手に心を覗いて」
「いいえ、私だけが旦那様の意思を知るのは公平ではありません。
ですが、私の情報量は人間の脳に処理できる物ではありませんでした。
取捨選択の線引きは不明ですが、スキルによって重要情報を最適化する事で、それを可能として頂いて初めて私は旦那様に心を伝えられました」
「そうか、だったら定期的に覗いてみようかね」
「貴方がそれをご所望であるのならば、私は拒否しませんよ」
そう言って、また彼女は頭部を俺に向ける。
なんか、手玉に取られている感じがしなくもない。
「まぁ、派生スキルの効果は分かったしな。
また今度でいいよ……」
そう言っても、パンドラは頭を上げなかった。
少しだけ上擦った声で、彼女は言う。
「シグマ・オーリウス様。
貴方様が……旦那様が死んでしまったら、私はまた独りになってしまいます。
ですからどうか、死なないで下さい」
馬鹿な女だ。
あの迷宮の難易度を知ってるだろ。
恐竜がうじゃうじゃしてて、あのアンデッドだ。
パンドラの話から推測するなら、あのアンデッドは千年物。
最大で四千年物の可能性すらある。
それを相手に死ぬなって……
そりゃ俺に、最強にでもなれって事じゃねぇか。
「――はい、その通りです」
……お前、馬鹿だな。
でも、俺の方がお前より数億倍は馬鹿なんだろう。
だって、勝手に口から言葉が漏れちまうんだから。
「任せとけ」
◆
努力とは、何だろうか。
俺はきっと不安だったのだろう。
己が現在行っている努力が、正しく機能しているのか。
その証拠も、確信も持てなくて。
分かったよ。
俺が今までやって来たのは努力なんかじゃねぇ。
ただ、自分が何かやってるって。
それをやってるから、いつか幸運が振って来るんだって。
根拠もなく信じる行い。ただの信仰だった。
努力とは、きっと幸運を呼び込むための行動なのだろう。
目的は明瞭だ。
あの三角錐のダセェ建物をぶっ壊す。
その為に、俺ができる事。
俺の行うべき努力。
「GrararararararararAaaaaaaaaaaaa!!」
草原に、俺は立つ。
更にワームホールを使わせて、パンドラの電力は更に減った。
大量の魔石が居る。
だからこそ、武器は持たない。
ホルスターに収まったサーベルは抜かない。
青い上着を翻し、俺は機械化恐竜、T・レックスの突進の頭上を飛び越える。
俺の身体能力のギリギリの跳躍。
「来いやぁああああああああああああああ!」
それでも、巨体の頭上は抜けない。
俺の身体は、お前が食いつきやすい高さへ投げ出された。
そこで俺は腕を上げ、自分の二の腕を差し出す。
目をギラつかせて、お前は俺に喰らいつく。
そのまま俺は、お前の頭に手を当てた。
血が腕から滴る。
でも、そんなのは胸を抉られた時に比べれば大したことじゃない。
「Grararara……」
そいつは俺を近くにあった木へ叩きつける。
でも、そんな痛みはパンドラに助けられた事を思えば耐えられる。
「スキル……起動!」
俺の
けどまぁ、このTレックスの機械とか改竄するべきデータ量が数万行とかだ。
俺独りじゃ、何時間あってもそれは終わらない。
『代数入力開始』
『プログラム解析完了』
『プログラム書き換え開始』
『11%……24%……』
約一分と、パンドラは言った。
俺が一分間、この恐竜の頭にしがみついて居れば。
そうすれば、パンドラが必ずシステムを乗っ取ってくれると。
『92%……』
後数秒。
何度も激突され、歯が強く俺の腕に食らいつく。
腕が噛み千切られそうなので、足も食わせた。
けど、意識だけは飛ばさない。
「あぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
根性で気絶を耐える。
『100%……マスター
『クラッキング完了いたしました』
T・レックスの口が開く。
俺はポトリと落ちた。
やべぇ、全身クソ痛ぇ。
身体中のナノマシンが躍動し、俺の身体を修復しているのだろう。
けど、それが終わるまでの数分から数十分。
俺は全く動けない。
でも、それでも状況は全く問題ない。
俺には、相棒が居るから。
「GrararararararararAaaaaaaaaaaaa!!」
恐竜が吠える。
そいつが、近くに寄って来た恐竜共を蹴散らして行く。
あぁ、行けるぞ!
この力があれば、このエリアを攻略できる!
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