第5話 覚醒書


「お目覚めになられましたか?」


 そんな声と共に、俺は意識を取り戻す。


 意識を失う直前に感じていた痛み。

 それらは全て消失していて、特別目立った傷は見えない。


「お着換えをお手伝いさせて頂きました」


 確かに、自分の身体を見ると服装が変わっていた。


 今までのボロい服とは違う。

 どこかの軍隊の制服の様な装い。

 青をメインカラーに、勲章が幾つか胸元に着いた服。


 一体、誰の物なのだろうか。

 少し気になったが、今はそれよりも気になる事が多すぎる。


 まずは。


「お前、誰だ?」


 俺の目の前に立つ一人の女性。

 白銀の髪にアメジストの様な宝瞳。

 人とは思えぬ美貌と妖艶な雰囲気。


 肌は雪のように真っ白。

 特徴的な八重歯が喋る度に見え隠れする。

 服装は使用人服に見えるが、一般的な物よりもかなり豪華な仕立てに視える。


「パンドラでございます。旦那様。

 詳細には、パンドラのAIを搭載したアンドロイドですが」


「アンドロイド?」


「自動人形の一種で、電力で稼働しています。

 衛星内の状態維持メンテナンスと搭乗者の身の回りのお世話の為に作られた物ですね」


 あぁ……ゴーレムの一種か?


「取り合えずは、その認識で問題ないかと」


 電気通信の思考を読まれた。

 って事は、本当にパンドラらしい。

 まぁ、言われてみれば声は似ている感じがする。


「ってか、じゃあここは人工衛星内なのか?」


「えぇ」


 そう言って、パンドラは横にそれる。

 その奥にあった丸い窓を指し示した。

 真っ暗な外、何か星の様な物が輝いているのが視える。


 そして、一際巨大な真ん丸の青い玉石。


「これが、貴方が住む惑星。

 空から見た、地球の姿です」


 マジかよ……

 意味わかんねぇよ。


 少し思考停止し、俺はその景色に見入った。

 パンドラに話しかけられたのは、それから数分経ってからだった。



「そうだパンドラ、俺は一体どうなったんだ?」


 思い出す。

 激痛と灼熱と極寒……パンドラの狼狽。

 俺は確実に、ミイラ男に胸を貫かれた。

 その後、祭壇に上げられて何か儀式の生贄にされかけた。


「旦那様には、エクスカリバーの鞘。

 我々がナノマシンと呼ぶ小型機械が全身の血流と共に流れています。

 エクスカリバーの顕現時間終了後もその力は健在です。

 ナノマシンが体内にある限り、心肺停止10秒後までそれは常に稼働。

 必要量まで自動増殖し旦那様の肉体を正常な状態に再生させます」


「あの傷でもか?」


「心肺停止から10秒で、ナノマシンの血流に乗る機能が意味を為さなくなります。

 逆に言えば、血が回ってさえいれば旦那様は死にません」


 俺の体、いつの間にか化物になってるよ。

 流石にカナリアの残り電力の半分を使った聖剣だ。


「正しくは星の剣です。

 人工衛星である私の個人補助に置ける最大能力でした」


「でした?」


 そして、パンドラは俺に次げる。

 聞きたくない事実。

 忘れたかった現実を。


「現状の電力では、当機は後10日程で機能停止いたします」


 ワームホールの連続使用。

 俺を回収する無茶。

 物質と重なる様にワームホールを展開する力技。

 そのツケは確実にパンドラに蓄積されている。


 この数日で俺は何度、パンドラに命を救われたのだろう。


「俺をあのダンジョンに戻すと、寿命は減るか?」


「半減いたします」


 なら、残り時間は5日。


「旦那様より先に、私が墜落しそうですね」


 なんて言って、彼女は微笑む。

 人間味の無い完璧な表情。

 けれど、だからこそ無理が透けて見える。


 残り5日の命で、微笑むお前を見るとイライラしてくる。


 俺が全部悪いのに、俺を全く責めないお前にイライラする。


 自分の無力さが許せなくて、ムカつく。


 女に無茶させて。

 それで俺は、なんだよ。

 死に掛けて、迷惑かけて、助けられて。

 それで俺は、寝てるだけか。


 ふざけんじゃねぇ。


「それと、こちらが旦那様と同時に回収されていました」


 パンドラは寝具の隣の机の上を指す。

 置かれていた黄金の本を持ち、俺に渡してくる。


「これは確か、あの骸骨が持ってた本か?」


「はい。機械的な解析と言語翻訳に掛けましたが、解析結果は――理解不能でした」


 パンドラが分からないって事は、機械的な物じゃないんだろ。

 まぁ、アンデッドが持ってた物だしな。

 パンドラはアンデッドを知らなかった。


 この星の特性? 世界のルール? が四千年で変わったって事なんだろうか。


「貸してくれ」


「はい」


 けれど、俺にはその本に関して心当たりがあった。


 一度だけ、見た事と読んだ事がある。

 けれど、俺が読んだ奴は青かった。

 確か、青、緑、赤、紫、白、黒とかの順番だって聞いた気がする。


 だから黄、金のこの本を見るのは初めてだ。

 でも、表紙や質感、厚さに至るまで……


「スキルブックとそっくりだ」


 俺に、電話というご……いやもうゴミスキルとは呼ばねぇ。

 神スキルを寄こしてくれた奇跡の本。


 ダンジョンから出土され、本来は持ち出せない品。

 だから、ダンジョンから出る前に誰かが使わないと無駄になる。

 そんな代物の筈だ。


 でも、黄金色なんて聞いた事も無い。

 というか、この人工衛星内に持ち出せている。

 どういう事なんだろうか。


 けど、もしこれがスキルブックと同等の物なら使い方は簡単だ。

 読もうとすること。

 中身なんて、読めなくとも関係ない。

 ただ、それに目を通せば勝手にスキルが覚醒する。


「スキルブック……?」


 パンドラはそれも知らないのか。


「いいえ、旦那様の思考を読み取って大方は理解しました。

 しかし、やはり原理が不明です」


 それは、俺たち冒険者も知らないからしょうがない。


「使ってみてもいいか?」


「危険……いえ、お互い後数日の命で危険も何もありませんか。

 私は目を通しましたが、何の効果もありませんでしたので構いません」


 もし、黒の次のスキルブックなら七番目のスキルって事になる。

 俺の住む街で最高峰の冒険者でも、スキルの数は最大で六。

 だとしたら、第二スキルも無しに手に入るのかは知らない。

 けど、賭ける価値はある。


 もし、二つ目のスキルが覚醒すれば、現状の打開策になり得るかもしれない。


 そんな願いと共に、俺は本を開いた。


『覚醒書』


 一ページ目。

 俺に読める文字でたった一行。

 そう書かれていた。


 意味も分からず手を進める。


『第二スキルの獲得権限を破棄します』

『代わり、保有スキルのランクを一段階向上させます』

『同意する場合は、次のページを捲って下さい』


 どういうことだ。


「恐らくは、旦那様の保有するスキルの効果を高めるアーティファクト。

 という事では?」


 俺の読み上げた脳波を読み取ってか、パンドラがそういう。

 そんな物は聞いた事もないぞ。


 けど、この隠しエリアで第二のスキルが手に入るとは思えない。

 スキルが目覚めても、強いとは限らない。


 電話はゴミスキルじゃない。

 パンドラと出会えた神スキルだった。


 そう思うなら、そっちに賭けるのはありなんじゃないのか。


「パンドラ」


「はい」


 しっかりと俺を見据えて、彼女は頷く。


「もし、これが失敗でも、俺は必ずお前を助ける」



「……はい、旦那様」



 パンドラが、俺の手を握ってくれる。

 俺はパンドラと一緒に、ページを捲った。



『スキル【電話】が覚醒します』

『派生スキル【洗脳クラッキング】を獲得しました』


 なんか王様っぽい力だな。

 なんて俺は思った。

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