第4話 デス


 三角錐の構造物。

 パンドラはそれをピラミッドと呼んだ。

 黄土色の石材を積み上げて作られた物らしい。


「迷宮の構造ってのは、本当に意味不明だな」


『観光地の一種でしょうね。

 自然浄化爆弾から避難してきた住民のリラクゼーションエリアだと推測できます』


「推測って事は、このシェルターの緻密な情報をお前は持って無いのか?」


『はい。四千百年程前、地上の国家は3つまで減少していました。

 私はそのうちの一つに属する機器ですが、そのシェルターは別国家の構造物です』


「じゃあ、お前の国の奴はシェルターに避難しなかったのか?」


『えぇ、この人工衛星に乗った数名の乗員を残して後は大型宇宙船でこの惑星を離れましたので』


 爆弾落として、自分らは他の星に逃げたってっか?

 勝手な国だな。


 にしても国が三つしかないとか凄いな。


『何れ、環境再生が完了した後で戻って来る予定だったのでしょうが……』


 戻ってこないって事は、なんかあったんだろ。

 それこそ文字通りお星様になったとか。


「まぁ、どうでもいいよそんな奴ら。

 ちなみに、パンドラはそいつらが戻って来たら俺との契約は破棄か?」


 創造主が戻って来たら、そいつに仕える使命をパンドラは取り戻すのだろうか?

 そんな不安が一瞬芽生える。


『いいえ、私は旦那様と一蓮托生ですよ。

 この人工衛星の独立コードは全て保有していますから、他惑星に移住したと思われる創造主の子孫が現れても私をハックする事はできません』


「そうか」


『安心していただけましたか?』


 少し、小馬鹿にする様な雰囲気でパンドラは聞いて来た。


「さっさと探索を始めるぞ」


『暗視アプリを機動します』


 ピラミッドの入り口。

 階段になっている場所を登り切り、中腹部から中へ入る。

 それと同時に、暗い場所でも俺の視界は明るいままだ。


「棺か……?」


 そこは、それなりの広さの空洞になっている。

 あるのは大量の柱と、等間隔の黄金の棺が数十。


「ヴァンパイアでも湧いてきそうだな」


『サーモグラフィ分析の結果、生態反応は確認されませんでした』


 じゃあ大丈夫か。

 なんて、思って足を踏み出した。


 ガタッ!


 と、棺が音を立てた。


「パンドラさん?」


『……電力反応も体温反応も確認されません』


 って事はだ。

 メカでも無い。

 体温も無い何か。

 それが、その中に入ってる訳だ。


 棺の蓋が独りでに空く。


「オォォォォォォォ」


 冷気でも吐き出しそうなそんな重低音。

 そいつは、そんな声と共に姿を現した。


 包帯を全身に巻いた、眼球も歯も無い……死体。


「アンデッドか」


『なんですか、それは』


「何ってアンデッドだよ。

 魔物とか、人間の死体を焼かずに放置してるとアンデッドになるだろ?」


『なりませんが……』


「いや、なるって」


 生物が死んで魂が抜けた身体は、悪霊に乗っ取られる。

 まぁ、理屈がどうかは知らない。

 教会の神父様にでも聞いてくれ。


 事実として、死体は火葬しないと、意志なき死体として勝手に復活する。


 そして、アンデッドの強さは死体が死んでからの年数が増える程に増して行く。


『まって下さい。それは本当ですか?』


「あ? あぁ、それがアンデッドの特性だ」


 10年物程度ならビームサーベルがあれば楽勝。

 50年レベルでも、視覚アプリの先読みがあれば勝てる気がする。


 けど100年レベル。

 伝説級のアンデッドなら、一旦逃げる必要があるかもな。


 さて、こいつ等は何年物かね?


『旦那様! 今すぐ逃げて!』


 焦る様なパンドラの叫び声が俺に届く。


「な……」


 に。


 い。


 って。


 ん。


「だ?」


 俺の胸に、包帯に巻かれた腕が突き刺さっていた。

 視えなかった。

 体術アプリも察知してなかった。

 いや、アプリの未来予測と同等かそれ以上の速度。

 それを、こいつは持ってるって事だ。


 なのに、胸を物理的に抉られている。


「クソが……っめぇ……!」


 俺は目の前のそいつを睨み、ビームサーベルを振る――


「クォ」


 俺の右腕が、サーベル事宙を舞った。


 鮮血が視界に写る。

 胸から手がゆっくりと抜かれていく。


「ブォッホ」


 赤黒い血が、口から溢れる。

 そのまま俺は前のめりに倒れた。


 残った左腕を掴まれ、俺は引きずられる。

 奥へ連れていかれている。

 けど、抵抗の手段がない。

 というか、意識も限界だ。


 悪いパンドラ。

 折角、助けて貰った命なのに。


 ――ヘマしちまったらしい。


『旦那様……』


 お前に、そんな震え声は似合わない。

 お前は賢い女だ。

 お前は優秀な女だ。


 俺は多分、もう死ぬんだろう。

 ……死にたくない、認められない。

 だが、現実って奴はいつもそんなモンだ。


 だからパンドラ、俺が居なくても諦めんな。

 必ず、俺みたいなスキルを持ってる奴はいる。

 いなくても生まれてくる。


 そいつを全力で探せ。


『あぁ……あぁ……嫌です。

 嫌です……旦那様……!』


 しょうがないだろ。

 もう指一本も動かせないんだよ。

 血を流し過ぎた。

 心臓は無事かもしれないが、この出血量なら致命傷だ。


 引きずられながら、俺は電波に乗せてそう考える。


 だから、泣くな。


 ごめんな。


 これは油断した俺のミスだ。

 お前の間違い何かじゃない。


『一人は寂しい。

 一人は悲しい。

 私は、誰かに必要とされたいんです。

 だから、貴方に死んで欲しくない』


 その孤独を埋めてくれるのは、俺だけなんかじゃないから。


 俺はたまたま……偶然に……幸運に。

 こんなスキルを授かっただけ。

 お前に相応しい男じゃ無かったって。

 それだけの事だ。


「クォォォォ」


 最奥まで俺の身体が引きずられる。

 その奥に、朦朧とした視界で祭壇を見た。


 まるで、神父が祈りを捧げる様な場所。

 けれど、その奥に立つのは司祭じゃない。


 一体のスケルトンだ。

 通常のそれとは大分違う。

 豪華な法衣に身を包み、黄金の書物を開く。


 その眼光は赤く染まり、まるで閻魔大王のように俺を見る。

 畜生以下の罪人でも見ている様に。


「汝、罪状、墳墓発掘罪」


 生態を使った言葉じゃない。

 スキルに似た、魔力を使用した発音。発声。

 まだ発掘してねぇだろ脳無し。


「汝、刑罰、同類触媒刑ミイラ取りはミイラになれ


 俺の身体が祭壇の上に寝かされる。

 真上にスケルトンの顔面が視える。

 俺と書物を見比べながら、何か呪詛の様な物を呟いている。


 書物から、汚れた包帯の様な布がスルスルと這い出して来る。

 それが一人でに動き、俺の身体に巻き付いて来る。


 死んでもねぇのに埋葬してくれんのかよ。

 感極まって涙が出そうだクソ野郎。


 意識が遠退き始める。

 もう、数十秒と持たなさそうだ。



『電力消耗78%』



 待て。

 それは違う。

 俺はもう助からない。


 少しでも、お前の延命に電力は使え。


『嫌です!

 ワームホール多重展開』


「ヌ……?」


 スケルトンの両膝両肘。

 腰、首、手首、胸、太腿。

 計10カ所以上に、黒い穴が出現する。


『ワームホール、キャンセル』


 バラッと、スケルトンの骨が砕ける。

 同時に20カ所だ。

 ワームホールを物質が通過している状態で、それを解除したのだ。

 であれば、通過中の物質のみがパンドラに送られる。


 最後に頭、鼻の高さにワームホールが出て来る。


『キャンセル』


 それが解除された瞬間、頭蓋が割れてスケルトンは消えた。


 その転移の機能は、そんなに万能な物じゃ無いだろう。


 質量体に被せる様に発生させるワームホールは、効率が悪いとお前が言ったんだ。


 それに、数を出し過ぎだ。

 20個のワームホールの同時使用。


 それに、スケルトンの腰を覆えるサイズのワームホールは、拳大のそれの数倍の電力が居るんだろ。

 お前が、俺に色々と説明してくれた事だ。


 パンドラ、お前墜落する気か?


『いいえ。

 私は貴方を信じます。

 私は貴方に期待します。

 この期待が裏切られれば、私は大地に堕ちるでしょう。

 けれど、裏切られる事は無いと、私は確信します』


 たった、三日だ。

 俺とお前が出会ってからそれだけしか経ってない。


 それで、何が分かる?

 俺の何処に期待する。


『私に声が通じると分かってから、貴方は思考を常に、全てさらけ出してくれていたからです。

 旦那様の声が途絶えたのは、旦那様が眠っている時だけでした。

 それが、私が期待する理由です』


 その言った瞬間、俺と台座の間にワームホールが出現する。

 俺は、その中へ落ちて行った。


 そのまま意識を微睡に落とした。


 誰かに期待されたのなんて、生まれて初めてだ。


 なんで、こんなに嬉しいんだろう。

 黒服の命令と、パンドラの期待。

 殆ど同じ様に思えるのに、全然違う気持ちになる。



 ――これは、応えないまま死にたくねぇ。



『はい!』

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