第3話 四季


 甘く、考えていた訳ではない。


 実際、あの機械恐竜に囲まれた時。

 俺は死にかけても助かった。


 でもそれは、エクスカリバーというパンドラの無理のお陰だ。


 俺は未だ、一人では何もできない。

 その事実は、何も変わって等居ない。


『旦那様の電話のスキルがあるからこそ……

 だからこそ、私は旦那様に力を貸せるのですよ』


 スキル電話。

 俺の脳波と電気信号を変換し送受信可能なスキルだった。

 それによって、俺の固有アドレス。

 パンドラが『IPアドレス』と呼ぶ位置情報を元に支援ができる訳だ。


 宇宙空間からダンジョン内は観測不可能。

 ワームホールもアドレスを元に開いている。


「でも、それはお前の機能だろ。

 俺のスキルの効果は、脳波を電気信号に変換できるだけだ」


『……』


 気を使って、パンドラが言ってくれたって事は分かってる。

 でも、俺は認められない。

 そんな他人頼りな冒険を認められない。


「強くなりたい。もっとスキルが欲しい」


 でも、俺にはそれができるだけの力が無い。


「だから、手を貸して欲しい」


 お前の力が無くても大丈夫なくらい。

 強くなりたい。

 頼む。


『……我が権能の全てを貴方へ』


 俺は幸運だ。

 だから、この幸運を最大限に利用させて貰う。


「良かった。

 マップ解析は終わったか?」


 恐竜の魔石から得た電力。

 それを使って、小型の使役獣の様な機械が現れた。


 それが三十分程前。

 四機のそれは四方へ飛び去った。


『5秒前で最後のドローンが撃墜

 しかし、ある程度の情報は集まりました』


 俺の視界に、この隠しエリアの全体図が表示される。

 立体的なそれは、山や構造物も映す。


『活動中の火山地帯。

 猛吹雪の氷雪地帯。

 日照りの強い砂漠地帯。

 そしてここ、草原地帯。

 その四つが面して、一つのゾーンを作っているようです』


 マップは四角の正方形に近い。

 通常とは違う一種の異次元らしく、ここは方角という概念が無い。

 だから、マップに照らして勝手に方角を決めた。


 北部を火山。

 東部を雪山。

 南部を砂漠。

 ここ、西部を草原と決めてマップに埋め込む。

 この方が意思疎通が取りやすい。


 まぁ、この提案はパンドラのしてくれた物だが。


『進言いたします。

 草原は最も低レベルな地区です。

 だからこそ、ここで私の電力を復旧。

 その後に、余裕を持って別エリアへ行く事を提案します』


 そうだな。

 それは正しい。

 俺はまだまだ弱い。

 パンドラの力の1%も引き出せていないのだから。


 火山も雪山も砂漠も。

 俺には早いのだろう。


 でも、パンドラ。

 お前は賢い。

 だから、分かって居るだろう?


「時間は無いんだ。

 食料は9日分しかない。

 ギリギリまで耐えても、3週間が限界だろう」


 そして、この迷宮内の魔物の肉や植物は食えない。


『……種族特化型のナノマシンを含む迷宮の有機物は、人体には有害です』


 だったら、3週間しか残ってない。

 その時間で、この空間から脱出しなければならない。

 出口を見つけなければならない。


『しかし、今の武装で他のゾーンに向かうのは……』


「自殺行為か?」


『……僭越ながら』


 けどそんなモン、よくやってた事だ。


 死ぬのは怖ぇよ。

 死にたくねぇよ。

 けど、だから生きてる訳じゃねぇ。


 俺は、俺のやりたい事をやる為に生きてる。


 だからまだ、死ねない。


「パンドラ」


『はい』


「例えば俺が、全部お前の言う通りにするとして」


『はい』


「お前は俺に、この草原で魔石を集めろと。

 お前の電源を少しでも延命させろと。

 そう命令するか?」


 もしも、そうなら。

 俺はあの時死んでいた人間だ。

 その恩を返す事が、そういう事なら。


「もしそうなら、俺はお前の言う通りにするぜ」


 お前は俺に「死ね」と命じる事ができる唯一の存在だ。

 何せ、俺がそうするべきだと思ってんだから。


『…………旦那様に死ねと言う正妻などおりません』


 肩の力が地味に抜けた。

 溜息に似た吐息が漏れる。


「良かったぁ……」


 餓死とか嫌だしな。


『それに、貴方が現れるまで四千年以上かかったのです。

 多少延命した程度で、次の適性者が現れるとは思えません』


 だから、一等賞以外は要らないと。

 嫌なくらいに計算づくじゃねぇか。

 ちょっと感動したんだぞ。


『フフッ……私も感動しましたよ』


「勝手に人の心を読むんじゃねぇよ」


『勝手には受信できませんよ。

 貴方のスキルが発動する程、強い気持ちでなければ』


 スキル。

 結局、この異能は何なんだろうな。

 パンドラですら知らない、開明できない。

 現生人類の異能。


 科学じゃないなら、この迷宮の機能って訳でもないんだろ。

 なのに、この迷宮からスキルブックは出て来る。


 でも分かる事もある。

 スキルには名前がついている。

 名前とは、知性のある存在がつける物。


 一体誰が……こんな異能を作ったのかね。



 転送日とその翌日。

 俺は視覚アプリと光剣の使い心地を確かめる。


 その次の日、隠しエリア三日目。

 最初に砂漠へ向かう事にした。


 草原と砂漠の堺。

 それは、本当に線の様だ。

 けれど、向こうの砂嵐はこっちに来ない。

 同時に、こっちの青空はあっちには見えない。


『空間を断絶した構造の様ですね』


 へぇ、意味わかんねぇな。


「踏み入った瞬間死んだりしないよな」


『大丈夫です。

 設定されたデータ以外の通行は自由です』


 大丈夫という言葉を信じ、俺は砂漠へ踏み入れた。

 瞬間、気温が上がった気がした。


「水は草原から汲んで来て飲めるから良かったな」


 こんな環境で探索するなら、脱水症状が大敵になる。

 それを隣接エリアが解決してくれるなら有難い話だ。


「KPRrrrrrrr!!」


 そこに、何匹かの恐竜が現れる。

 金属部分を持つ、機械化恐竜だ。


 そして、頭が……!


「おい見ろパンドラ! 禿げだ禿げ!!」


 俺は、その恐竜の頭部を見てゲラる。

 だって禿げてんだもん。


『パキケファロサウルスです。

 頭突き、来ます』


「え?」


 視界が真っ赤に染まる。

 そいつが結構な速度で、俺に頭を向けて突進して来ていた。


「ちょまっ!」


 ギリギリで回避する。

 けれど、その拍子でバランスが崩れた。

 俺は、地面を舐めるようにコケる。


 そこへ向けてパキケ……なんとかサウルスが迫る。


「っべ……」


 と、言うのが限界だった。

 臀部に強烈な衝撃が走る。


「いっつぅうううううううううううう!」


『流石です。尤も傷が重症化しにくい場所を狙わせたのですね。

 ですが旦那様、立ち上がらないと死にますよ』


 違うっつうの。

 あぁ、涙出る。

 けど、俺は立つ。

 立って言うぜ。


「禿げ共がぁ!」


 俺はなぁ!

 ガキの頃に、親父の髪の毛毟って丸禿げにしてやったんだぜ!?


『それは、誇れる事ではないかと……』


 うるせぇ。

 つまり、俺とこいつ等は相性最高って事だ。


『いえ、既に無いのでこれ以上抜く事は……』


 視覚アプリが起動する。

 敵の攻撃軌道と、俺の最適攻撃の軌道が表示される。


 っていうか、昨日の話で一個心外な事がある。

 これでも俺は、ゴミスキルで死なずに何年か探索者やってんだ。


「旦那だとか言うなら、ちっとは俺の事信用しろよ」


『これは……?』


 スキルが無くとも探索者はできる。

 魔物は殺せる。


『体術アプリの適性が高いとは思っていましたが……』


 地味な特技で悪いな。

 けど、魔物なんて単純な存在だ。

 その行動パターンを覚える速度。

 それが、俺が生き残っていた理由だ。


 それに加えて攻撃軌道が視えるなら、もう当たり様はねぇ。


 頭突きを避けて、剣を振るう。

 首を刎ねれば生き物は死ぬ。

 突進してくるもう一匹の前で跳び、頭を踏んでもう一度跳ねる。


 光剣にはスイッチが二つある。

 上下のどちらにでも刃を生成できるのだ。

 高速でそれを操作し、剣を下へ向ける。

 そのまま、落下と共に一匹の頭を勝ち割り刺し殺す。


 もう一度操作。

 上向きに剣を出す。


 ブゥン!


 そんな音と共に、刃が出る。


 死体を蹴って、続投する禿げにぶつけ、そのまま二刀同時に刺し貫く。

 剣は引き抜かない。

 代わりにスイッチを押して、刃の向きを反転。

 引く動作で、後ろから着ていた禿げを刺す。


 視覚アプリは敵の攻撃予測を教えてくれる。

 しかし、俺がどのようにそれを回避するか。

 それは、俺に一任されている。

 より多くの反撃が可能な回避方法を選択するのが俺の仕事だ。


「俺向きな力だな」


 十頭前後のパキケファロサウルスを倒しきる。


「ほらよパンドラ。

 取り合えず魔石10個な」


『もしかしてですが、旦那様って結構優秀ですか?』


「スキルがカスな時点で、優秀も何もないって」


 実際、こんな事ができても黒服の誰にも勝てない。

 俺と同じ時期に冒険者になった奴にも負ける。

 それが事実だ。


「パンドラ?」


『は、はい……』


「いや、魔石やるからワームホール開いてくれって」


『は、はい!』


 恐竜の解体も慣れた。

 っていうか、心臓部分の魔石取るだけだしな。

 拳サイズのワームホールが開かれたので、それに魔石を放り込む。


「それで、何処へ向かへば良いと思う?」


『ドローン調査で建造物を発見しています。

 そこへ向かい調査するのが、この世界の解明に近づくかと』


 視界にマップが表示され、目標地点が青く光った。

 そこまで遠くない地点。


 歩いて30分程で到達する距離だ。


 そして、近づくにつれてそれが視えて来る。

 三角錐の構造物。


『やはり、ピラミッドですね』


 なにがやはりだよ。

 ピラミッドってなんすか?


 まあ入れば分かるだろ。

 神を祀る神殿とも思えるようなその場所に、俺は踏み入れた。

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