第2話 パンドラ


 割断された魔物たちの肉を割く。

 装甲を解体する。

 それは魔石という結晶体を剥ぎ取る為だ。


「結局、お前は何者なんだよ?」


 それと同時に虚空へと話しかける。


 すると、俺の頭へ虚空から声が響いた。


『私は人工衛星パンドラです』


「人工衛星?」


 耳慣れないその言葉に俺は声を返す。

 意味を鑑みるに、人が作った星のように感じる。

 しかし、そんな訳はないだろう。


 星なんて、人の手では作りようもない物。

 だよな?


『いいえ。

 私は人の手で建造され、打ち上げられたのは四千二百年ほど前になります』


 心を読んだ様に、彼女は俺にそう言う。

 俺を旦那と呼ぶし声から考えても女なのだろう。


 何やら、俺の脳波が電波という物へ変換され、それが発信されているらしい。

 逆に、俺もパンドラと名乗った彼女が発信する電波を脳波に変換してキャッチする事ができる。


 それこそが、俺の電話というスキルの効果らしいのだ。


 って、そんな事より本当に星の一つなのかよ。

 詳しく聞くに、パンドラは俺たちが軌跡星と呼ぶ物と同一らしい。


 高速移動する星の正体が人工物とか。

 学者が聞いても絶対に信じないだろうな。


『言語理解にかなり手間取りました。

 しかし、死の間際旦那様が大量の言語情報を無意識に発信して下さったお陰で、言語翻訳は加速度的に進行。

 契約に至る事ができたのです』


 という事らしい。

 しかし、旦那様とは未だに聞き慣れない呼ばれ方だ。

 既に契約は執行されており、俺とパンドラは夫婦に相当する分配権限を有しているらしい。


 だが、まぁ解消は一応可能らしいのだが……


『まさか、私をお捨てになられるのですか?

 ご自身の都合で家族をお求めになられ、勝手な都合で捨てると?

 もしそんな事になれば、私はこの嫉妬をどの様な形で表現するか自分でも分かりません。

 残存エネルギー全てをサテライトキャノンに変換し、この迷宮を中心に半径3kmを巨大な縦穴にしてしまうかも……』


 なんて、物騒な事を言い出す始末。

 なんで、自分でも何するかわからないのに想定がそんな明確なんだ。


 そんな会話をしている内に闇金を食った地竜から魔石が抜き盗れた。


 パンドラが言うには、種別を機械化恐竜。

 種族をサイボーグ・T・レックスというらしい。


「取れたぞ」


『感謝いたします』


 ここはまだ隠しエリアの中だ。

 いつ、追加の機械化恐竜が現れるか定かではない。

 それが何故、こんな危険な場所で魔石を取っていたのか。


『これで、私の総電力の0.03%を補填できます』


 この人工衛星パンドラが、何かをするには電力というエネルギーが必要になるらしい。

 そして、それはこの魔石から抽出できるというのだ。


『現在、私の電力残量は総電力の1%程しか残って居ません』


 放置してたら、あと20年くらいでパンドラは死んでいたらしい。


『死というのは適切ではありません。

 厳密には機能停止です』


 何が違うか分からん。


 そして、俺を助ける為に機械星剣エクスカリバーを顕現させた。


 それで、残り電力は半分になってしまった。

 要するに、今のままでは彼女の寿命は10年しかない。

 流石に、助けて貰った相手を助けない程薄情じゃない。


 他の恐竜からは既に魔石を抜き盗っている。

 聖剣で倒した恐竜は全部で32匹。

 全ての魔石を集め、出現した小型の黒い穴……ワームホールに放り込む。


 転移スキルの様な物らしい。

 エクスカリバーを召喚した時にも開いていた。


『感謝いたします。

 これで、エクスカリバー召喚に使用した電力の52%程が還元できました』


 これでも半分なのか。

 聖剣は顕現時間が30秒らしく、もう消えている。

 コストの方が高いじゃないか。

 それを態々俺を救う為に……


『お気になさらず。

 こちらも、魔石を入手する手段が無ければ何れ墜落していました。

 私は旦那様に力を与え、旦那様は魔石を私へ還元する。

 その関係は平等です。

 ……そう、夫婦のように』


 あぁ、別にその関係に文句は無ぇよ。

 夫婦ってとこ以外はな。


『現在は電力不足のエコロジーモードで運転中であり、旦那様への支援は余り多くありません。

 しかし電力が復旧すれば、旦那様への支援機能も順次復活していきます』


 つまり、魔石を食わせる程パンドラの機能が解禁。

 俺を補助してくれる力も強くなる訳だ。


『エクスカリバー顕現は、窮地につき一時解禁しました。

 しかし、今後このような特別措置は最終手段とお考え下さい』


 あぁ、分かってる。

 それで、今は基本何ができる?


『音声及び映像の通信。

 使用可能アプリは、視覚補助系の武術系十種。

 そして、近接基本武装・光剣のみです』


 そう言って、現れたのはエクスカリバーよりかなり小ぶりな剣。

 いや、棒にしか見えん。

 紫の光の部分と、柄にも見える金属部分がある。


『光に触れれば焼き斬れるので、お気をつけて』


 そう言われて、恐る恐る俺は浮遊するそれの金属部分を手に持った。


『柄の一部にあるスイッチで、サーベルのオンオフが可能です』


 言われた通り、柄の凹みを押すと光が消えた。

 もう一度押すと現れる。

 それを何度か繰り返して、凹みの位置を手に憶えさせる。


『エクスカリバー程の性能はありませんが、顕現時間に制限はありません』


 なるほどな。

 これを使って、あの恐竜を狩れという事なのだろう。


 少し……

 いやかなり無謀に思える。


 でも、電話なんてゴミスキルで二冊目のスキルブックが得られる30階層以降を単独攻略。

 なんて難題に比べれば可愛い物だ。


「パンドラ、荷物を収納して置いてくれるか?」


『畏まりました』


 俺が持って来た闇金冒険者3人分の食料や探索用のアイテム。

 嵩張るそれも、ワームホールで宇宙を遊泳するパンドラに預けて居れば質量は0だ。


『いざとなれば、旦那様の身体をワームホールで回収します。

 ご無理は為さらぬ様』


 無理?

 いや、悪いがそれは無理だ。


 不幸に塗れた俺の人生。

 パンドラに出会えたことで、不運は一気に幸運へ逆転した。


 その力を試したいと。

 この力で冒険をしたいと。

 わくわくしている自分がいる。


 機械恐竜への恐怖。

 己の無力さへの嘆き。

 そんな物は、俺にはもう残って居ない。


 今はただ……


『剣術アプリ・視覚共有』

『体術アプリ・視覚共有』

『視界拡大』

『ナノマシン再生効果・良好』


 ブゥン。


 紫光の剣を振るう。

 重さは一切感じない。

 それでも、この剣は高熱を持って金属でも一瞬で切り裂くらしい。


 そして、俺の視界がカスタムされる。

 俺の電話のスキルは、電気通信可能な全ての情報を、その規格に合わせて受信する事ができる。


 俺の映像データをパンドラと送受信する事で、視覚的な補助効果を殆どリアルタイムで視界に表示できる。


 剣術アプリは最適な剣の道を示す。

 体術アプリは最適な動作を示す。

 視野が広がり、対象の動きに対する重視が可能となる。


「GrararararararararAaaaaaaaaaaaa!!」


 目の前に、現れたのは葉巻の黒服を飲み込んだのと同種。

 それを視界に入れると、パンドラの声が饒舌に聞こえて来た。


 T・レックス。


『ジュラ紀最強とも呼ばれる肉食恐竜。

 この惑星上に1億年以上前に存在した生物です。

 DNAから身体を複製し、半身を機械化する事で完全な統制を可能としています。機械は制御装置なので機械的な武装はありません。

 しかし、その獰猛さや体躯、攻撃力は肉食獣の中では屈指です。

 現人種が魔塔迷宮と呼ぶ、このシェルターの防衛機構の一端ですね』


 シェルター?


『イエス。

 ここは他6つの迷宮と同一の起源にはありません。

 自然浄化爆弾と呼ばれる、爆発から千年程度で環境汚染の全てを解決する大規模爆弾の起爆からの被害を凌ぐために作られた避難区画。

 それがこの魔塔迷宮、正式名称【バベル】です』


 なにか、驚くべき事実がパンドラの口から告げられている。

 けど、所々に聞いた事のない固有名詞がある。

 そのせいで、内容が正確に分からない。


 パンドラが古代の人間の作った兵器ってのは分かった。

 そして、この迷宮もその文明が作った物って事なんだろう。

 だから、パンドラもこんなに詳しい訳だろうし。


「でもちょっと、今戦ってるから解説は後で頼む」


『……はい』


 ちょっと不服そうにパンドラはそう返事をした。

 なんでだよ。


 それにしても、このアプリ凄いな。


 俺が今使っているのは、体術アプリだ。

 これは、相手の動きから次の動作を先読みし、的確な防衛運動を示してくれる物らしい。


 T・レックスの攻撃の一瞬前にその攻撃の軌道が視界に写る。

 それを回避する為の完璧な回避軌道と共にだ。


 俺は、その情報に身を任せるだけ。

 噛みつき、爪でのひっかき、尻尾の叩きつけと薙ぎ払い。

 全てが余裕を持って回避できる。


 そして、常に見える半透明な赤い軌道。

 それは、剣を振るう選択肢だ。

 エクスカリバーの時も見えた、剣術アプリの効果。


 つうか、アプリって何だよ。


 拗ねているのか、パンドラは解説してくれなかった。

 まぁ、聞くのは後で良い。

 俺は剣を構えた。


 相手の攻撃を回避するのは簡単。

 そして、後は赤い軌道に沿って剣をなぞって反撃するのみ。

 簡単すぎる。


「GRrrrrrrrrr!!」


 尻尾が俺の居た場所に叩き下ろされる。

 けれど、それを余裕で回避した俺は、赤の軌道に沿って剣を振るう。

 尻尾が輪切りになった。


 流石の切味だ。


 次は顎と大きく開いての噛みつき。

 けれど、既に当たらないと確信を持っている俺は余裕でそれも回避する。


 側面へ回り込む。

 そのまま、視界に写る軌道を元に真っ直ぐ振り下ろす。

 すると、T・レックスの首が千切れて跳ねた。


『……お見事です』


「拗ねんなよ」


『拗ねてなどおりません』


「ほら、魔石だぞ」


『……あ、ありがとうございます』


 プイって感じの効果音が聞こえてきそうな声色。

 でも、感謝は普通に言ってくれる。

 性格の良いお星様だ事で。


『私は人工衛星です。

 それに、旦那様の婦人です』


 そう言われて手を眺めた。

 俺の指には、アメジストを思わせる紫の宝石の指輪がある。


 それに、対等な話相手がいるって感覚は久々だ。

 もしかしたら、初めてかもしれない。


 心地は、正直結構良い。


 俺は、ワームホールに魔石を放り込んで次の獲物を探し始める。

 どうせ、出口を見つけなければここから外へは出られない。


 それまでに、精々パンドラの機能を拡張させておこうか。

 折角掴んだこの幸運。

 スローライフも復讐も興味はない。


 ただ、俺は俺の両親が夢に描いた景色を。

 七大迷宮の完全攻略。

 そんな光景を見てみたい。


 借金を残して死んだクソ親。

 でも、その親が俺に不幸を押し付けてまで何をしたかったのか知りたい。


 そして、腹の底から笑ってやるのだ。

 お前たちの望んだ物は平凡な景色だったと。

 馬鹿にしてやる。


『お供いたします旦那様』


「俺なんかでいいのか?」


『えぇ、数千年の時の中、私はずっと一人でした。

 その孤独を埋めてくれたのが旦那様です。

 旦那様は、一人は嫌だという私の願いを掬ってくれた。

 私は旦那様を旦那様と呼べて、本当に嬉しいのです』


 魔石が無ければパンドラは死ぬ。

 だから、互いに互いを利用するのだと。

 そう彼女は言った。

 でも、俺も彼女もお互いで孤独を埋め合っている。


 この状況は、本当に利用し合うだけの関係なのかと。

 少しだけ、疑問に思えた。

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