機械神の加護を得た探索者 ~ゴミスキル【電話】が覚醒したら、人工衛星とかいう古代兵器の声が聞こえた〜

水色の山葵/ズイ

第1話 星剣


 ボロ小屋の戸が何度も叩かれる。

 寝ていた俺は、急かす様なその音に飛び上がり急いで鞄を手に取った。

 そのまま、戸とは反対側の窓から外へ逃げる様に飛び出す。


「なんでここが……?」


 そんな言葉が口から漏れる。

 同時に、路地裏へ窓からを投げる。


「よっ」


 けれど、そこには既に黒い服の男が立っていた。


 男は、ズボンのポケットに両手を入れながら片足を大きく引く。

 そして、弓を射る様に反動をつけて右足を俺の鳩尾へ突き入れる。


「ごぼっ……!」


 そんな情けない声が口から漏れる。

 俺はボロ小屋の壁に激突し、尻もちをついた。


「間抜けな声だな」


 男は俺を見下ろす。

 そのまま懐から葉巻を取り出して咥えた。


 その間に、戸を叩いていた数人も裏へ回って来る。


「やっぱり裏かよ」


「その分じゃ金はねぇらしいな」


 黒い服の男が3人に増えた。

 俺を蹴り飛ばし、葉巻を咥えている男は俺を見て言った。


「そんじゃ、罰ゲームだな」


 こいつ等は、俺の両親がした借金の取り立て人だ。

 その両親は、2年前に蒸発した。

 いや、多分ダンジョンで死んだ。


 でも、そんな事はこいつ等には関係ない。

 貸した金は利子を付けて押収する。

 それが、こいつ等の仕事だ。


 だが、こいつ等は俺に暴力を最低限しか振るわない。

 俺の仕事に支障が出ないようにだ。


 何とも優しい事ではあるが、代わりに俺に金がない時はこう言う。

 罰ゲームだ、と。


「おい、連れて来い」


「あぁ」


 黒服の一人が、路地の向こうへ消えて行った。

 けれど直ぐに戻って来る。

 一人の女を連れて。


 赤いドレスを着た女。

 顔や足、腕の見える場所に青あざが幾つもある。

 首には紐の跡の様な物が視える。

 乱れた髪、乱れた化粧、乱れた服。

 いやでも、嫌な想像が何があったのかを予想させる。


 俺は、彼女を知っている。

 名前も知らない。話した事も数回しかない。

 けど確かに、2、3度行った定食屋で働いていた女の人。


 一番安い定食を頼んだ俺に、エールを一杯サービスしてくれた同い年くらいの茶髪で笑顔の似合う人。

 でも、今の彼女には笑顔など微塵も残って居なかった。


 見せつける様に、俺を蹴った男がその子の肩へ手を回す。


「昨日一晩相手してやったら随分大人しくなったよ。

 まぁ、そんな事はどうでもいい。

 なんで、って思ってるか?」


 あぁ、分かる。

 声音と表情で。

 こいつは今、碌でもない事を考えている。


「親もいねぇ、知人もいねぇ、そんなお前が俺たちには丁度いい。

 それに、この女や他の奴にも教えてやらねぇと可哀想だろ?

 お前なんかと関わったら、碌な事にならねぇぞって。

 この女は、身を挺して街の奴にそれを教えてくれるらしいぜ」


 女の人が俺を悲しそうに見る。

 なんで、って顔で見る。

 どうして、って顔で睨む。


 その解答を、黒服の男は言う。


「お前のせいだよ、シグマ。

 昨日まで奇麗だった女が、こんな事になってんのは」


 肩程まである明るい栗毛を撫でながら、黒服の男は女の子の耳元で言う。


「お前が、こんな目に遭ってるのはなぁ。

 こいつのせいだ」


 そう言って、男は女の人の右手を掴んだ。


「やめっ……!」


 そう言って立ち上がろうとした瞬間、別の男に殴られてまた壁に叩きつけられる。


 そんな俺の声に、女と肩を組んだ男は笑みを返す。


 ――ボキリと、嫌な音がした。


 涙が彼女から溢れて、絶叫し、悲鳴を上げる。


「あっ――――!!」


 女の子が手を抑えて膝を崩す、けれど男はその子の髪を引っ張って無理矢理立たせた。


 痛い、痛いと泣いている彼女の耳元へ男は顔を寄せる。


「前見ろアマ。

 お前の不運はこいつと関わった事だ」


「いやぁ……もう許して下さい……いや、いや、いや!」


 顔を振って、泣き叫ぶ。

 俺のせいで……泣き叫ぶ。

 俺が、この子の定食屋になんて行ったから。


「今日の罰ゲームは楽しんでくれたか?」


 そう言って、葉巻を蒸かす。

 そのまま投げる様に彼女を解放し、彼女は男たちを何度か見る。


「何見てやがる!

 さっさと行け!」


 彼女の引っ張って来た男が怒鳴ると、彼女は裸足のまま走っていった。


「それと、次の仕事だシグマ。

 今日の13時、迷宮前集合な。

 もしばっくれたら、あの女はもう立てないかもな」


 ジュっと、葉巻を俺の胸へ押し付けて消す。

 服に穴が開いた。


 最後に、そこへ向かって蹴りが飛んでくる。


「火の用心だ」


 なんて言って、彼等はどこかへ行った。


 罰ゲームは毎回違う。

 動物のクソや、良く分からない魔物の生肉を食わされるとか。

 ゴブリンの生首が数百転がった部屋に閉じ込められるとか。

 指を切り落とされて、ポーションで治されるのを10回とか。


 まぁ、色々だ。


 けど、今日のはかなり、一番こたえた。

 だってあの子は何も悪くない。


 悪いのは全部俺なのに……


 立ち上がる気力が湧かない。


 腹が減った。

 喉が渇いた。


「おい、俺がお前に幾ら貢いだと思ってんだ!」


 そんな怒鳴り声が路地の曲がり角から聞こえて来る。


「そもそも誰だこいつ! 俺はCランクの冒険者だぞ!」


 そんな怒鳴り声が聞こえたと思ったら、曲がり角から小太りの男が吹っ飛ばされてきた。


「へぇ、まぁ僕はAランク冒険者だけど。

 それで、僕の女に何か用?」


「え、Aランク……?」


「そう言う事よ。じゃあね、不細工男」


 そう言って、吹き飛ばされて来た小太りの男の隣を金髪の青年と着飾った赤毛の美人が通り過ぎていく。


 小太りの男はビビったまま動かない。

 男女がどこかへ行くと、転がっていた男の視線が俺と合った。


「何、見てやがんだよお前」


「い、いや別に……」


 そう言ったが、男は怒りが頂点に昇っているらしい。

 真っ赤な顔で俺に近づいてくる。

 その道中にある、空の瓶を拾って。


「クズが、お前如きが俺を馬鹿にしてんじゃねぇ!」


 んな事してねぇよ、と言おうとした。

 けれど、Cランク冒険者様の俊敏さに俺は反応できない。

 ガラス瓶で思い切り頭を殴られた。



 こんなのばっかりだ。



 冒険者の街。

 世界に七つしか存在しないダンジョン。

 その一つが存在するこの街で生まれた男は、大体冒険者を目指す。


 迷宮ではスキルブックと呼ばれる道具が手に入る。

 それを読むで、ランダムなスキルを一つ獲得できるのだ。


 それは、迷宮外へ持ち出せず、使うと消滅する。

 しかし、比較的簡単に手に入る物だ。


 だが、それは一つ目のスキルブックの話。

 二つ目のスキルを獲得しようと思ったら、高難易度の階層を目指さなければならない。


 Cランクともなれば、二つか三つのスキルを持つ。

 Aランクなら五つ以上のスキルホルダーだ。


 対して、俺の保有する気はたった一つ。

 しかも全く使い物にならないスキル。

 俺は最底辺の冒険者だ。

 だから、殴られても文句の一つも言えない。

 言ってもまた殴られるだけだから。


 俺を殴って落ち着いたのか、小太りの男は何処かへ消えていく。


「大丈夫、大丈夫だ。

 いつか必ず二つ目のスキルを得る。

 強くなって、冒険者として大成する……」


 別に俺は不運じゃない。

 これ位に不幸な奴なんて沢山いる。

 そいつらだって頑張って迷宮に挑む。


 なら、俺だって腐ってはいられない。


 不出来。

 不得手。

 現状は、全て俺の過失だ。

 だから、俺が解決できる。

 必ず解決する。


 そう決めて立ち上がった。


 俺はスキルを起動する。


 電話でんわ

 そう名付けられた、聞き馴染みのない異能。

 それが、どんな意味の言葉なのか俺は知らない。


『ザー……ザー……ザー……GE……TU……RO……I……AIPI……SI……』


 スキルを使用すると、変な音が頭に響いてくる。

 スキルの効果は、ただそれだけ。

 嵐の様な音にも聞こえる。

 それと、誰かの喋り声の様な気もしなくもない声。


 けれど、それがなんだというのか。


「何とか行ってみろよ!」


 声に向けて叫んでみる。

 けれど、返答はなく意味不明な音が続くばかり。


「なんで、こんなんじゃなければもっと簡単だったんだけどな。

 けどまぁ、大変な方が成功した時の喜びもでかいって言うしな」


 俺は空を眺める。

 軌跡星と呼ばれる紫の星が、空を駆けていく。

 それは、この空で一つだけ常に動き続ける星として有名な物だ。


 毎日、この時間になると空に見える。


 これを信仰する宗教すらもある位有名な星。

 でも、俺はそれに願わない。

 俺の不幸は俺の努力でどうにかするつもりだから。




 ◆




「やっと来たか……」


 黒服を着ていた男たちが待っている。

 しかし、服装は黒い服ではなく冒険者用の装備だ。

 彼等が迷宮へ出向くのは稀だ。


 闇金で稼ぎを出している連中だし。


「なんだよその眼帯」


 葉巻を蒸かしながら、男は言う。

 俺は片目に包帯を巻いていた。

 さっきガラス瓶でぶん殴られた事で、左目が潰れた。


 もう、多分この眼は光を宿さない。

 けど、だからって冒険者は諦められない。

 というか、俺が金を稼ぐ手段はそれしかない。


「なんでもない」


「そうかよ」


 葉巻の火を俺の腕に擦り付けて消し、男はつまらなそうに呟く。

 今更、その程度の痛みで声を上げたりはしない。


「行くぞ」


 俺たちは迷宮へ入っていく。

 黒服、今は冒険者装備だが葉巻はBランクで他二人はCだった筈。

 その四人で中へ入り、上を目指す。


 道中、何故闇金が今日はダンジョン探索なんてしているのか。

 その理由が聞けた。


 隠しエリア。

 そう呼ばれる場所を見つけたらしいのだ。


 通常、この街にある【魔塔迷宮】は上に行く程に敵が強くなる。

 それに伴って、出土するアイテムも強力な物になる。


 だが、稀に存在する隠しエリアからは、その階層には似つかわしくない物品が出土する場合がある。


 通常の階層は、暫くするとランダムでアイテムが出現する。

 だが、隠しエリアの物品は一点物。

 誰かが獲得するともう誰も獲得出来なくなる。


 だから、この闇金は自ら向かっているのだろう。

 闇金とは言ってもこいつ等も末端だ。

 他を出し抜くためなら、冒険者の真似事もするって訳だ。


 それで、俺みたいな雑魚も荷物持ちとして同行させようって事らしい。


 いや、連れて行く理由はもう一つあるか。


「ここだ」


 魔塔内には、上昇盤と呼ばれる物が存在する。

 それを使用する事で、現在の到達階層の好きな階に短時間で移動できる。

 地面が浮遊する様に上昇して行く不思議な仕掛けだ。


 現在の魔塔の最高到達階層は162階層。

 俺たちがやって来たのは55層だった。


 魔塔内部は、金属の壁で覆われている。

 それがどのような金属なのかは、全く判明していない。

 だが、シルバーに輝くそれは少し光を放っている。

 だから迷宮内は常に明るい。


「見てろ」


 葉巻の男が、銅貨を弾く。

 銅貨は地面を転がって、壁にぶつ……


 からずに通り抜けた。


「この先だ」


 それは高さ50cm、幅50cmくらいの正方形の穴だった。

 だが、見た目上は壁に偽装されている。

 壁の下部に空いたそれに気が付ける冒険者は多くは無いだろう。


 迷宮には怪物が出る。

 その警戒をしながら、壁に触れて通路が無いか確かめながら進む冒険者なんて居ないだろうし。


「シグマ、お前が先頭だ」


 囮。捨て駒。

 俺を連れて来た理由にはそれも含まれるのだろう。

 未知の階層の先陣を、なんのスキルも無い俺に行かせる。


 俺に死ねと言っている様な物だ。


 けれど、逆らえば今ここで殺されて終わりだろう。

 だから、俺は進むしかない。


 無言で頷き、言われた通り進んでいく。


 腰を落とし、四つん這いで透過する壁を抜けた。

 その先にあったのは、門だった。


 高さが5m以上ある巨大な門。

 幅も2m以上ある。


「こいつは、転送門って奴か……」


「それって、もっと高階層の仕掛けじゃ無かったか?」


「馬鹿野郎、だからその仕掛けが使われる程のレアアイテムがこの先に隠されてるって事だろうが」


 ギラつく目で、葉巻の男が俺に顎で指示する。

 お前が開けろと。


「あぁ」


 門の前に立つ。

 ドアノブも、横開きする為の溝も無い。

 どうやって開けるんだ?


 そう思ったのも束の間。

 門は勝手に開く。

 その門には、白い閃光が渦巻くのみ。

 中の様子は全く分からなかった。


「転送門ってのはこういうもんだ。

 早くいけ、シグマ」


 ッチ。

 内心舌打ちし、俺は進んでいく。


 両手を前に出し、俺は恐る恐る歩いていく。

 その時、声が聞こえた。


『◇■●▽□▲◎……』


 意味不明な内容の声。

 それが終わると同時に視界が開ける。


 俺の片眼の視界を青と緑が埋め尽くす。

 それは、青空の下の草原だった。


「なんだここは……」


「これが迷宮内なのか……?」


「こりゃすげぇぜ」


 俺に続く様に三人の男たちも現れる。


 俺はそいつらを振り返り、ある事に気が付いた。


「扉が……なくなってる……?」


 俺の呟きを聞いて、焦る様に三人も振り向く。


「マジかよ……!?」


 ここはダンジョン。

 何が起こるかは挑んでみないと分からない。


 どうやらここは、脱出するにも条件をクリアする必要がある特殊なゾーンらしい。


 そんな事を、冷静に考えている時間は俺たちには無かった。


「GrararararararararAaaaaaaaaaaaa!!」


 巨影。

 それは、空から現れる。

 翼を大きく広げた、蝙蝠を数十倍の体躯にしたような謎の生物。

 嘴が尖っているから、単純に巨大な蝙蝠という訳でも無いのだろう。

 更に、所々金属の様な光沢の部位を持っている。


「は? う、うおぁぁあああああ!」


 それが、一瞬で黒服の一人を咥えて行った。


 男は近接戦闘系のスキルホルダーだったのだろう。

 けれど、足が地から離れた現状その様な力は無意味。


「ま、待って――!」


 パクリ。


 半身鋼鉄の巨大蝙蝠。

 それは、放り投げた人間を器用に腹に収めた。


 悪夢は続く。


「GuRrrrrrrrrr!」


 二匹目。

 今度は、大地を踏みしめる四足歩行の地竜。

 これもまた、巨大蝙蝠と同様に表面の半分程が鋼鉄の皮膚となっている。


 何なんだこいつ等は。

 全長10mを軽く超える巨体。

 頭だけで俺の身長程にもなりそうだ。


 瞳は獰猛に光、空いた口からは凶悪な牙が視える。


「あ、あぁぁあああああ!」


 黒服の一人が、悲鳴に近い声を上げて発狂する。


「おい、テメェ!」


 葉巻の男が怒鳴るが、男は逃走を始める。

 背中を見せて、その巨大な生物から少しでも離れようと走る。


「ッチ、クソが」


 そんな言葉と同時に、葉巻は俺を見た。

 そのまま、Bランク冒険者の速力で俺に近づき俺の背中を蹴った。


 抵抗も許されず、俺は巨大な生物の前に身体を無防備に晒す。


「っざけんなよ……!」


 まずい。

 死ぬ。


「やめろ、【止まれ!】」


 俺がそう叫んだ瞬間だった。

 そいつは一瞬停止した。


 ピ、ピ、ピ。

 頭にそんな音が響いた様な気がした。


「GRrrrr!!」


 しかし、それはほんの一瞬の事。

 直ぐにまた、地竜は吠える。


 だがしかし、そいつは俺ではなく俺の後ろの二人を狙って走って行った。


「なんだ、今の……?」


 そんな疑問の言葉と殆ど同時に、後ろから悲鳴が上がる。


「ふざけんな! ふざけんなよ!

 俺はBランク冒険者だ! こんなとこで死ぬ人間じゃねぇんだよ!

 俺は金持ちになって、兄貴を見返してやるんだ!」


 そう言って、葉巻の男は半身鋼鉄の地竜へ蹴りを見舞う。

 竜巻の様な風が渦巻く強烈な一撃。

 キーンと、甲高い音が響く。


 しかし、それでも地竜は少し後退るのみ。

 全くダメージは見えない。


「てめぇ……」


 そう言って、もう一撃男は地竜へ蹴りを叩き込もうと人間離れした跳躍を見せる。


「GAaaa! GAAAA!」


 けれど、飛び上がった所を旋回し戻って来た巨大な蝙蝠の嘴に攫われた。


「や、やめ――あぁ、あぎゃぁあああああああああああああああああああ!」


 そのまま飲み込まれ、絶叫と共に咀嚼される。


「ひぃ、はぁ……あああああ!

 フレイムボ……」


 最後の一人は手を翳し、何らかのスキルで炎を掌に集め始めた所で地竜の巨大な尻尾に叩き潰されて死んだ。



 残ったのは、俺一人。



「ははは」


 笑みが零れた。

 ざまあみろ。なんて思った。


 そんな事を思って逃避した。

 今、俺の現実はそれほどまでに受け入れ難い。


 ドスン。ドスンと、地鳴りが迫る。

 地竜が辺りから数十と現れて来る。


 三本角が特徴的で、頭部がハート形の盾の様な個体。

 細身に鋭く巨大で長い口に、背に山なりのヒレの様な物がある個体。

 それ以外にも多種多様な、半身金属の地竜天竜が俺を囲う。


 空にも、旋回しながら多くの竜が俺を囲っていた。


 逃げ場はない。

 完全に囲まれている。


 自分を不運だなんて思っていた時もあった。


 けれど、そんなのは無駄だと。

 結局、自分の生活を向上させるには努力しかないと。


 そう自覚して、頑張って来た。

 理不尽も不公平も、そういう物だと受け入れた。

 俺だけではないのだと、努力しない理由にはならないと。

 その上で、勝負に勝ってやると自分を鼓舞して来た。


 ――不運を呪わないと決心していた。


 挫折だ。諦めだ。詰みだ。終わりだ。


 俺の中で、張り詰めていた何かが雪解けのように消えていく。


 こんなのは、どうしたって……


「不運以外の何だって言うんだよ……!」


 努力で解決できたのか。

 どうやれば、こうならない選択肢を選べていた。

 どうやれば、この状況を解決できる。


 努力でどうにかなるのか?

 頑張れば上手く行くのか?

 願えば叶うのか?


「無理だろ、どう考えても。

 運だろ、こんなの……」


 どれだけ不運な奴でも、こんな絶望的な状況で死にはしないだろう。


 どれだけ不幸でも、一つくらい解決できる可能性が転がってる物だ。


 黒服の男。

 特に俺をいびっていた奴を食った地竜。

 そいつの尻尾がブレる。


 高速で、俺の身体を薙ぎ払って吹き飛ばした。


 ギリギリで腕を上げたが、その程度で殺せる威力じゃない。


 視界が、3度回る。

 衝撃を、4度感じた。


 視界が霞む。


「【止ま……れ】」


 さっきはそれで一瞬止まった。

 けれど、もうこいつらは止まってくれなかった。


 ――ドスン。


 ――ドスン。


 巨大な足音が俺に近づいてくる。


 頑張ればいつか上手く行くと本気で信じていたのだ。

 努力は実るとそう信じて来たのだ。


 なのに、結末はこれなのか?


 俺が何をしたって言うんだ。

 借金は親のだ。

 そのせいで学校にも行けなかった。

 そのせいで義務教育で得る筈の一冊目のスキルブックも、自力で取りに行ったんだ。


 何度も死に掛けた。

 何度も苦しんだ。


「ずっと、辛かった。

 ずっと、苦しかった。

 ずっと、寂しかったんだ……」


 感情が爆発したように、堪えていた物が飛び出してくる。


 幸いなのは誰も聞いていない事だろうか。


「誰も俺に期待してない。

 誰も俺を見てすらいない」


 走馬灯のように人生を思い出し、涙が溢れて来る。


「ゴミみたいな存在で、クズみたいに扱われて、カスみたいに捨てられる……こんなのが俺の人生の全部なのかよ……」


 ずっとそうだった。


 そして、そんな俺の結末は地竜の餌か。


 定食屋で、一番安い飯しか頼んだ事無いんだ。

 空き家に住み着いてたから、自分の家とか持ってみたい。

 かっこいい服とかも着てみたいんだ。

 女と手とか繋いでみたいし。

 デートとか、キスとかそれ以上の事もしたいんだ。


 ――家族とか、欲しかったんだ。


 ――それにまだ、俺のせいで酷い目にあったあの子にごめんも言えてない。


 なのに、俺の人生これで終わりかよ。

 こんなので終わりかよ。


 運命の神様って奴がいるなら、呪うぜクソ野郎。



『ザー』



 雑音が酷く頭に響く。

 スキルなんて使ってないのに。



『言語解読率95%』

『意思疎通可能範囲と推定』

『接触可能対象への応答を開始』



 なに言ってんだよ……



『IPアドレス所得完了』

『接続回線固定化完了』



 言葉自体は俺の使っている言語。

 けど、言ってる内容が意味不明すぎる。



『電気通信が可能な地球唯一の存在』

『貴方に、お願いしたい事があります』



 急に、ちゃんと喋り出した。


 でも地竜がドスンドスン言って来てるからさ。

 頼みなんてしても意味ないだろ。



『では、その状況から救助いたします』


 なんだよ。

 助けてくれんのか。

 この状況から?

 信用のできない提案だな。


『では、信用を得る為にはどうすれば良いですか?』


 そんなの知らねぇよ。

 あぁけど、俺の今の最大の疑問に答えてくれたら考えるかも。


 お前、運ってあると思うか?


『個人の選択肢の中では、実行不可能な事実、現実は存在します。

 ですが、それは個人である限り解決不可能な現実です。

 では、誰かを頼る事で独力では敵わない運命すらも打倒する事は可能かもしれないと、当機は演算します』


 一人じゃ無理か。

 でも、じゃあ誰を頼れって言うんだよ。


『よろしければ、当機を』


 頼ってもいいのか?

 願ってもいいのか?


『はい』


 じゃあさ、多分無理だろうけどさ。

 お願いがあるんだ。


『心外ですね……』


 ――家族が欲しい。


 なんて願いも、お前は叶えてくれるのか?


『承りました』


 そう言って、それは少しだけ沈黙した。


『ではまずは、その状況を打破しましょう』

『当機の電力の48%を使用』

『ワームホール形成します』

『機械星剣エクスカリバー=レプリカ:転送完了』


 俺の目の前に、それは唐突に現れた。

 手を伸ばせば届く距離。

 金属の長剣。


『どうか、手をお伸ばし下さい』


 刃を空に向けて浮遊する剣。

 俺は何も考えず、その柄を掴んだ。


『幻想再現:その鞘は失われる』


 瞬間、刃と思っていた部分が開く。

 まるで、生き物のようにそれは形状を変えていく。

 駆動し、骨組みの様な形状に変化する。


 そして、俺の腕を伝って光が身体に流れ込んでくる。

 全身がぽかぽかして、視界が開ける。

 包帯がスルスルと解けて、俺の消えた左目には光が戻っていた。


『幻想再現:その剣は光り輝く』


 あぁ、身体から痛みが消えた。

 俺は、容易く立ちあがる。

 同時に、剣は紫の光を帯びていた。


 剣が開いた事でできた空間を埋める様に。

 紫のエネルギーが、剣を包む。


「これを振るえばいいのか?」


『はい』


 巨体で獰猛で鋼鉄な怪物を見据えて、俺は剣を振り上げる。


『映像データ送信』

『剣術アプリを共有起動』


 視界に緑色のフィルターが掛かる。

 そして、何か線の様な物が空間に浮かび上がって来た。


『その線に沿って剣を振るって下さい』


「いいのか?

 当たらないぞ」


『当たります』


 そう言うなら、信じてみるか。

 どうせ、こいつが声をかけてくれなければ、俺は死んでる。


 俺は線に沿って剣を振るう。

 剣を振り下ろし、そのまま横へ曲げる。

 そして、俺の周りを一周する様に振るった。


 剣術なんて殆どやった事無い。

 でも、線をなぞる位はできた。

 剣は思っていたよりずっと軽かった。


『幻想再現:その剣はあらゆる存在を閃光によって両断する』


 剣先がいつの間にか、伸びていた。

 数十m、いや百mに達しているかもと思える程巨大な紫の光。

 それを使って線をなぞった。


 光に触れた存在……即ち、辺りに居た全ての魔物がバターのように切り裂かれていた。


「全く手応えを感じなかったぞ」


『レーザーブレードは分子の結合を破壊するのですから当然です』


 全く、意味不明な説明の声。

 けれど、もう地竜の鳴き声も足音も聞こえない。

 一瞬で全ての魔物が片付いた。


『それでは、契約を行いましょう』

『当機は本来、貴方にマスター権限の全てを付与する予定でした』

『しかし、貴方は家族を所望された。家族とは対等な存在です』

『であれば、当機の保有する最高峰の人工知能である私自身が、そのお相手をさせていただくのが限りなく成就に近い事になるでしょう』


「あ……うん、え?」


『貴方にマスター権限を譲渡した後、マスター権限をコピーし同等の権利を私、人工知能パンドラが保有いたします』

『これで対等な状態となり……結婚するという事でよろしいですか?』


「あぁ……うん。って結婚?」


『マスター権限を指輪へ転写』

『ワームホールを通じて送信』


 俺の指に、紫の宝石のついた指輪がはめられる。


『それでは末永く、よろしくお願いいたします。

 ――旦那様』


 あぁ……


 えぇっと。


 どうやら俺、結婚したらしい。

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