閑話3 ずっと、一緒に(アデラール視点)
『アデラール。……きっと、私とあなたは一緒にいられない。ね、それくらい、わかるでしょう?』
バベッチからの帰り道。フルールは、俺にそう言った。まるで、俺の心の中を見透かしたみたいに。俺の迷う気持ちを理解し、答えを出すように。
フルールは、俺のことを突き放した。
小屋に戻ってきて、質素な寝台に横たわる。
今日、バージルの領主としての行いを知った。奴は、領民のことなんて考えていない。……元から、わかっていたけれど。
(あいつは、領主になって威張りたい。贅沢がしたい。それだけなんだろうな)
俺を殺そうとしたのは、まだ許せる。でも、領民への圧政は許せそうにない。
……そういえば、奴は俺がまだ生きていることを知っているのだろうか? もしも、知っているのならば。
――また、俺を殺そうとするのだろうか。
「そりゃそうだよな。バージルにとって、俺の存在は脅威になるだろうから」
俺の悪い噂を散々流しても、自分がそれよりも下だとバレれば、自らの立場は危うくなる。
でも、その際に俺がこの世にいなかったら。まだ、その立場は確たるものだろうから。だって、ローエンシュタイン伯爵家の家督を継ぐ権利があるのは、俺とバージル。現状この世でたった二人だけなのだから。
「……ここに、いたいな」
ずっと孤独だった。だけど、フルールはそんな俺と一緒にいてくれた。ちょっとツンケンとしていて、割とすぐ怒るけれど。
でも、ドジで愛らしくて、何よりも――優しい。
(俺が領主に戻ったら、フルールのことを妻にしたいな……)
自然とそう思ってしまうほどに、俺はフルールに淡い気持ちを抱いているのだろう。でも、これが恋なのかはいまいちはっきりとはしない。ただの感謝の気持ちなのかもしれないし、親愛の類なのかもしれない。
だけど、フルールの笑った顔が。ほんの少しの苦しそうな表情が。なにかを耐えるような表情が。……全部、俺の心を乱すんだ。
「ずっと、一緒に居たい」
無意識のうちにそう思う。けれど、フルールは俺を突き放す。一緒にいちゃダメだと、言う。
「領主の立場。それから、フルール。両方を手に入れることが、出来たらいいのに……」
天井に向かって手を伸ばして、そう思う。
両方を手に入れることが出来るのならば。俺は悪魔にだって魂を売るのに。死後に幸せになれなくても構わない。だから、どうか――フルールと離れないで済む方法が、欲しい。そう、思ってしまう。
「……あぁ、喉が渇いたなぁ」
ふと、そう思った。
だからこそ、俺はとりあえず水でも飲もうと寝台から起き上がる。ゆっくりと扉を開けて、キッチンの方へと向かう。
(……フルール?)
そうすれば、食事用のテーブルにある灯りが、まだ灯っていることに気が付いた。
もしかして、消し忘れだろうか?
そう思って俺がそこに近づくと――フルールが、テーブルに突っ伏して眠っていた。
「……フルール」
その側には、裁縫道具と俺のために買った衣服。着てみるとほんの少しスラックスの丈が足りなくて、どうしようかと話したのは記憶に新しい。
どうやら、フルールは丈の調整をしてくれているらしかった。
針などはきちんとしまい込んであるため、ちょっと休憩するつもりが寝てしまったのだろう。
フルールの寝顔を覗き込む。穏やかな寝顔だと思った。
「……可愛い」
自然と、俺の口からそんな言葉が零れる。
ちょっと、触れたいかも。
そう思ったけれど、今はそれよりも大切なことがある。
その一心で、俺は近くにある毛布を取ってきて、フルールの身体にかける。……冷えたら、困るし。
「本当に、フルールは優しいよ」
本人に言えば、きっと否定される。だけど、フルールは俺が今まで関わってきた人の中で、一番優しい。
それだけは、間違いない。
「ねぇ、フルール。もしも俺が家督を取り戻したら――」
――そのときは、妻として側に居てくれる?
口が自然とそんな言葉を紡ごうとした。だけど、咄嗟に口を閉ざす。
……こんなことを言っては、困らせてしまう。困らせるのは、本意じゃない。
「とりあえず、水を飲んでもう一回部屋に戻ろう」
フルールの寝顔を見ていると、なんだかいけないことをしているような気分になってしまうから。
だから、俺はキッチンの方に近づいて行った。……そのときだった。
「うっ」
ふと、頭に酷い痛みが襲ってきた。
さらには、どうしようもない吐き気がこみあげてくる。
脚ががくがくと震えて、その場に立っていることさえままならない。
その所為で、俺は崩れ落ちてしまった。
「……アデラール!?」
起きたのだろう。フルールが、俺の異常に気が付いてこっちに駆けてきた。
「……大丈夫?」
フルールがそう問いかけてくる。こくんと首を縦に振ろうとしたものの、気持ち悪くてそういうことも出来ない。
「とりあえず、横になりましょう。……そっち、歩ける?」
……あぁ、また心配をかけてしまうんだ。
何とも言えない惨めな気持ちが俺の中に芽生えて、くすぶっていく。
(本当、俺って、フルールの迷惑になってるのかな)
ずきずきと痛む頭が、自然とそんなことを思った。
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