第16話 帰り道
それから私とアデラールは軽く買い物を済ませて帰路についた。
食料やら薬草やら。いろいろと入った袋をアデラールが持って歩く。ちらりと彼の横顔を見つめれば、彼はただぼんやりとしていた。
「……アデラール」
そっと彼の名前を呼ぶ。すると、彼の視線が私に注がれた。何とも言えない、不安そうな目だった。
「……俺、いろいろと思うことがあって」
「……うん」
「あいつ……バージルの奴、本当に領民のこと考えているのかなって」
そう言ったアデラールの声は、とても苦しそうだった。……いい、領主様だったのね。
(なんて、ベランカさんたちの態度を見るに、それは間違いなさそうだわ)
そんなことを思いつつ、アデラールの前に立ちふさがる。彼はぎょっとして私を見つめていた。私がこんな行動を取るなんて思いもしなかったのだろうな。
「もしも、現領主様が。領民のことを考えていないとわかったら、あなたはどうするつもりなの?」
じぃっと彼の目を見つめて、私はそう問いかける。アデラールは優しい。あんな目に遭わせられながらも、復讐なんてしようとしていない。ただ、私の側で。私の側で……生きて行こうとしているだけなのだ。私の役に立とうとして。そういうところ、本当に健気だと思った。
(まるで、追い出されたくないと、縋っているみたい……)
アデラールの態度は、私にはそう見えてしまっていた。
「……お、れは」
「うん」
「俺に、なにが出来るんだろう……」
彼の視線が空に向けられる。……アデラールに何が出来るか、か。
「そんなの、私にもわかりゃしないわ」
私は彼の言葉にそう返事をする。
「フルール……」
「だって、私は領主じゃないもの。貴族でもない。ただ、森に住む魔女っていうだけ」
ゆるゆると首を横に振って、アデラールのことを見つめる。彼は、きょとんとしていた。
「私にはアデラールがどうしていのか、どうすればいいのか。そんなもの、これっぽっちもわからないし見当もつかないわ」
それは間違いのないことだ。私は魔女。薬を作って、魔法を使って。人々の生活を快適にすることくらいしか出来やしない。
「ねぇ、アデラール。……私ね、魔女っていうことに誇りを持っているわ」
でも、私は魔女という肩書に誇りを持っているし、このまま魔女として生きていきたいと思っている。
師匠に拾われたのは本当に幸運だった。そう、思えるほどだ。
「師匠が残してくれたすべてが、私を生かしてくれているのよ」
はっきりとそう告げると、彼の目が大きく見開かれた。その目を見つめて、私は口元を緩めた。
「アデラールも、そうじゃないの?」
「……それ、は」
「誰かが残してくれたものが、今のあなたを作っている。生かしてくれている。そう、思わない?」
そう問いかける。アデラールの境遇に関しては、同情するところしかない。
ずっとずっと孤独だったのよね。……私も、ベリンダがいなければ孤独だった。孤独が辛い気持ちは、よくわかる。
そんな風に思っていれば、不意にアデラールが私の方に近づいてきて――私の身体を、ぎゅっと抱きしめてきた。いや、違う。私に、縋っているのだ。
「俺は、俺はっ……!」
「……うん」
「自分が殺されかけたことは、別にどうだっていい。いずれはこうなるんだって、わかってたし」
「……そう」
「けど、けどっ! さっきの話聞いて、バージルのことをこのまま放っておくのは、ダメだって、思って……!」
支離滅裂な言葉を、彼が口にする。
アデラールの手が、私の衣服に縋りつく。ぎゅっと握って、まるで逃がさない。違う。逃げないでと、言っているようだった。
「でも、俺は、今の生活が楽しい」
「……アデラール」
「フルールと一緒にいるの、本当に楽しいんだ……」
肩口に、水滴が当たる。きっと、彼は泣いているのだ。
それに気が付いたからこそ、私は彼の大きな背中を撫でた。
「……ありがとう」
「……フルール」
「私も、なんだかんだ言って人と会話をすることが、少なかったから」
ベリンダは人じゃない。それに、美味しいって。私の作った料理を食べてくれて、笑顔を見せてくれる。そんな彼を、私は本心では無下に出来なかったのだ。
「アデラールが私の料理を食べて美味しいって笑ってくれて。私のためだって、動いてくれて。……そういうの、すっごく嬉しかった」
何だろうか。視界が歪む。あぁ、私まで――私まで、泣きそうだ。
「もしも、アデラールが。あなたが、私の元にずっと一緒に居たいって言うのならば、おいてあげてもいいわ」
「……」
「けど、少しでも。この現状を何とかしたいと願うのならば――いつかは、出て行かなくちゃならない。だって、今の領主様を止められるのは、あなたしかいないのだもの」
私の衣服を掴むアデラールの手に、ぎゅっと力がこもった。
「アデラール。……きっと、私とあなたは一緒にいられない。ね、それくらい、わかるでしょう?」
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