第15話 悪いうわさ

(新しい領主様って、アデラールの異母弟よね?)


 そう思いながら、私は冷静を装ってお茶を飲む。


 ……税を上げるなんて、絶対にろくなことじゃないわよね。


(ローエンシュタイン伯爵領はそこまで税が高くなかった。ほかの地域を見れば、もっと税が高いところもあるだろうけれど……)


 でも、税があまり高くないことから惹かれた住民たちは出て行ってしまうこともあるだろう。


 住民が減るということは、それすなわちもらえる税が減るということでもある。


「……ベランカさんは、どう思いますか?」


 出来る限りにっこりと笑って、私はそう問いかけてみる。


 すると、ベランカさんは頬に手を当てていた。その後、周囲をちらりと見渡して、私にだけ聞こえるような声量で囁いた。


「こんなことを言ってはなんだけれど、私たちは先代の領主様が不正を働いていたなんて、思えないのよねぇ」

「そう、なのですか?」

「えぇ、先代の領主様はとても民思いだったからね。……比べ、今の領主様の方はかなり横暴でさ」


 ベランカさんはつらつらと現在の領主様の不満を述べていく。……聞いていて、頬が引きつる。


 それほどまでに、現在の領主様に不満があるのだろう。


「まぁ、私たちが何を言ったところで無駄だけれどね。でも、バベッチの住民たちはみんな不満を持っているんだよ」

「……へぇ」


 なんていうか、いい話が聞けたかもしれない。


 ……この調子だったら、上手くいけばアデラールを領主に戻すことも可能だろう。


 もちろん、彼が望めば、だけれど。


(アデラールは、この話を聞いてどう思うかしら?)


 そっと彼に視線を向ければ、彼は俯いていた。その肩が少し震えている。……もしかしたら、現在の領主様の行いが許せないのかも。


「うわさではね、先代の領主様は陥れられたとか……」


 それ、ある意味正しいのよね。


 心の中でそう思っていれば、バルトンさんが戻ってくる。その手の中にはいくつか男物の衣服があり、彼はそれを私に手渡してくる。


「これくらいで足りるかい?」

「えぇ、十分です」


 色合いもモノトーンだし、そこまで豪奢でもない。これならば、アデラールがローエンシュタイン伯爵家の人間だとはわからないだろう。


「お金は、どれくらいになりますか?」


 財布を取り出して、私はそう問いかけてみる。そうすれば、ベランカさんは相場よりも二割ほど安い金額を提示してきた。


 ……これって、割引よね?


「いえ、相場通りのお金で……」


 うまい話には裏がある。その一心で私は正規の値段で買おうとするものの、ベランカさんはぶんぶんと首を横に振った。


「いやぁ、実はこれ試作品でね。店に並べる前のものなのよ」

「そうなの、ですか?」

「えぇ、だからこれくらいで十分よ。それに、布もあんまりいいものじゃないしね……」


 そう言ったベランカさんの表情は、悲しそうだった。


(税が上がるということは、それすなわちいいものも仕入れにくくなるということだものね……)


 彼女の表情の意味を、私は瞬時に理解する。


 でも、彼女の提案は嬉しかったので私は提示された金額通りをベランカさんに手渡した。


「はい。ありがとうね」

「いえ、こちらこそ。いつもお世話になっています」


 出来る限り柔和に見える笑みを浮かべてそう言うと、ベランカさんは「ふふっ」と声を上げて笑っていた。


 ……一体、何を思っているのだろうか? 多分、ろくなことじゃないだろうな。


「いよいよフルールちゃんにも春が来たのねぇ。……挙式には呼んで頂戴ね?」

「……あの、先ほども言いましたけれど、彼とはそういう関係じゃないですからね!?」


 勢い余って強くそう言ってしまう。……これでは、やはり照れていると受け取られてもおかしくはない。


 やってしまったと思う私を他所に、ベランカさんはアデラールに視線を向けていた。


「この子、悪い子じゃないのよ。だから、どうかフルールちゃんのことを今後もよろしくね」

「……はい」


 いきなり声をかけられて戸惑ったのか、アデラールの返事は素っ気なかった。


 ……だから! そういう関係じゃないってば!


(本当に、ペースが狂うわ……)


 どうしてだろうか。私はベランカさんやバルトンさんに勝てないのだ。


 それはきっと、古い付き合いだからだろうな。


 心の中でそう思いつつ、私は肩をすくめた。……本当に、アデラールとの関係に関しては修正しておきたいのだけれど。


(だって、私が貴族の人と結婚するなんてありえないものね)


 そう、強く思っていた。

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