第14話 世間話の一環で
そう思いつつ、私はアデラールを服屋に連れて行く。行く場所は私が度々衣服を購入しているお店。
気のいい老夫婦が経営しているそのお店に並べられた衣服は、品がよくて気に入っているのだ。
お店の扉を開ければ、からんころーんと小気味よいベルの音が鳴る。そうすれば、奥から年配の女性が顔を見せた。
「ごめんなさい。ちょっと、いいかしら?」
「えぇ、いいわよ」
彼女――ベランカさんは私の顔を見てゆっくりとこちらに歩いてくる。杖を使っているため、最近足を悪くしたのかもしれない。
「今日はどういうものがいいかしら? やっぱり、動きやすいものかしら?」
ベランカさんが朗らかに笑いながら、そう問いかけてくる。なので、私はゆるゆると首を横に振った。
「今日は、違うのよ。……男物を、探していて」
「あら、まぁ」
彼女の視線が、私の後ろにいたアデラールに注がれる。彼は少し顔を背けたものの、ぺこりと頭を下げていた。
「ちょっと、人見知りのある人なの。悪気はないから、気を悪くはしないで」
「わかっているわよ。フルールちゃんが連れてくる人なんだから、悪い人ではないっていうことくらいはね」
笑いながら、ベランカさんがお店の奥に声をかける。そうすれば、出てきたのはこれまた年配の男性。
「おぉ、フルールちゃん。久々だなぁ」
「えぇ、バルトンさん」
この男性は、バルトンさん。ベランカさんの旦那さんで、このお店の主である。基本的に接客はベランカさんで、制作がバルトンさんなので、彼が表に出ることは滅多にない。
「今日は、彼の衣服を探しに来たのよ。……ちょっと地味で、目立たないものってあるかしら?」
「……訳ありかい?」
さすがというべきか、バルトンさんは勘が良い。
それを実感しつつ、私はこくんと首を縦に振る。ベランカさんは「まぁまぁ……!」と驚きながら口元を手で押さえていた。
「ちょっと待ってな。奥から取ってくるよ」
そんなベランカさんを気に留めることなく、バルトンさんはお店の奥へと戻っていく。
……深入りされなくて、よかった。
「じゃあ、ちょっとお茶でもしていくといいわ。フルールちゃんの、恋人さんも……」
「違うから」
どうやら、ベランカさんはアデラールのことを私の恋人だと思ったらしい。
そのため、私は即座にそこを否定する。……仲睦まじく見えているのならば、狙い通りだけれどさ。
「ただの居候なの。……恋人とか、そういう関係じゃない」
ゆるゆると首を横に振ってそう言えば、ベランカさんは温かいような目で私のことを見つめる。……あ、これ照れ隠しでそう言っているって、思われたのね。
「アデラールも、何かいいなさいよ」
先ほどからじっと黙っているアデラールの脇腹を小突きながら、そう言ってみる。
すると、彼はハッとした。……どうやら、先ほどまでの会話はアデラールには聞こえていなかったらしい。
……悲しいような、安心したような。不思議な気持ちだ。
「……ったく。ぼうっとするのもいいけれど、あんまり不審な動きはしないでよ」
やれやれとばかりに小さな声でそう言えば、アデラールはこくんと首を縦に振る。どうやら、出来る限り話したくはないらしい。
それに軽く呆れていれば、ベランカさんが淹れたてのお茶を持ってきてくれた。
「どうぞ。……ふふっ、フルールちゃんとこうやって話すの、久々で嬉しいわ」
「……どうも」
そう言ってもらえるのは、素直に嬉しい……の、かもしれない。
師匠が亡くなって以来、私は人と話すことが極端に減ったから。……ベリンダは、もちろん別よ。
「あなたも、どうぞ」
「……どうも」
ベランカさんに促されて、アデラールも近くの椅子に腰を下ろす。前髪で出来る限り目元を隠しているのは、彼なりの誤魔化しなのだろうな。それは、安易に想像がつく。
「そういえば、フルールちゃん。……ここ最近の話、聞いているかしら?」
不意にベランカさんが真剣な面持ちで、そう問いかけてくる。
私は森の中に住んでいることもあり、こういうお話には疎い。なので、ベランカさんの世間話は重要な情報源だったりする。
「なにか、ありました?」
「えぇ、ここ……ローエンシュタイン伯爵領なんだけれど、最近当主様が変わったのよ」
思わず、吹き出しそうになった。そこを我慢した私は、何と偉いだろうか。誰か見ていたら、褒めてほしい。
「そ、そうなの、ですか……」
「えぇ、何でも現当主様が先代の当主様の不正を暴いて退かせたとか、なんとか……」
頬に手を当てながら、のんびりとベランカさんがそう言う。……ちらりとアデラールを盗み見る。彼は、唇を軽く震わせていた。
「でも、問題はここからなのよ」
ベランカさんはアデラールの様子を、気にも留めていない。こういうお話好きの女性は、お話しを始めると周囲が見えなくなる部分がある。……そこは素直に、ありがたい。
「新しい当主様がね、税を上げるって、宣言されてしまったのよ」
何処となく悲しそうに視線を下げながら、ベランカさんはそう言った。……税を、上げる。
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